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モテるのは、マインドセットがすべて、それを証明しよう。

恋愛解明ゲーム、そしてぼくは人間になる。

中田×本田の対談から見る一流のプレイヤーのマインドと、恋愛への応用

さて、前回はミラン本田の発言から彼の持つ視点に迫りましたが、今日は彼と似ているといわれる中田英寿との対話から世界で活躍しているサッカープレイヤーはどういうマインドでプレイしているのか、そしてそのマインドが何をするにしても結局ぼくらを成功へ導いてくれる資質だということを見ていきましょう。

 

さらっと、前回の復習ですが、健全なビッグマウスはマクロな視点と情熱があるゆえにああゆう発言が口から飛び出してしまうことをみていきました。そして、ぼくらが着目すべきはビッグマウスの表面的な態度がうんぬんではなく、発言の内容と発言のコンテクストがまともかどうかであり、大衆が有名人叩きをやりたがるような「あいつは生意気だ」という低次元な感想に同調することではありません。そんなことでは本質は見えてこないし、大衆と同じものを見ていたら彼らと何ら変わらないムジナになってしまいますね。

hanachi87.hatenablog.com

 

 

日本人的な「赤信号、みんなで渡れば恐くない」の僕らの感覚とは違い、世界の一流プレイヤーは「みんなと同じではいけない」、型にはまらないクレイジーな部分を持っています。ジダンしかり、ベッカムしかり、ロナウジーニョしかり。それがピッチにしろ私生活にしろ、そうです。その「型にはまらない自分のスタイル」はブログの中でも時々言及する「自分の軸を持っている」ということと同義なのですが、逆にいうと「日本人は個性的で目立つ選手は一人か二人、テクニックや組織戦術は持っていても勝てない、」と世界のサッカー関係者から言われています。

世界の一流プレイヤーと日本人選手の違いは何でしょうか、日本人に決定的に欠けているマインドセットとは何なのでしょうか、見ていきましょう。

 

成功ー自分の軸を貫くーやりたい放題のマインドセットの徹底

 

では、もう一度対談のリンクを。

【W杯】中田英寿×本田圭祐 対談① - YouTube

 

前回、結果が悪い時は原因解明が大事、みたいな当たり前の話をしましたが、日本代表が勝てない理由は「点が取れないから」です。

なぜテクニックがあり戦術があるのに点が取れないのか?

について中田は「気持ち」と表現しました。心技体の「心」の部分です。優れたテクノロジーも使う人のレベルに依存するのと同じく、テクニックや戦術もそれが本番の大舞台で発揮できるかは、使うプレイヤーの気持ちのに全く依存しており、マインドセットがすべてなんだと代弁してくれました。

当時の日本代表のチーム状況について別のビデオで中田は三浦カズとの対談の際に、「やばい状況なのになんとなく大丈夫だろうというぬるい雰囲気が漂っていた」と告白しています。そういうマインドだった。それは、練習に対する姿勢、試合への意気込み、に当然現れてくるので、そんな気持ちに欠けた代表チームが「負けられない闘い」で勝てるのか?、そこに率直に、彼は疑問を呈したわけですね。ゆるいマインドになるとどうなるか?というと、それはもう歴史が証明してくれたわけですが、感覚が鈍り、闘争心が弱まり、目的意識が無くなっていくのです。点を取るという目的、取りに行くんだという前向きな気持ち、その一番大事な部分がごっそり抜け落ちてしまうのだから結果はついてきません。一番大事な気持ちがないのにテクニックとそこそこの実績があると、ボール回しはうまいけど点の取れない試合運びをしてしまうのです。ボールポゼッションは高いけど勝てないチーム。総括していうならそういう日本代表だったでしょう。

「気持ち」。これはすぐに問題が表面化しにくいので実はやっかいな状態なのです。はた目には押しているように見えるから、なぜ勝てないのか本当の原因が見えてこない。ドリームチームを編成したときほど陥りがちなパターンです。「予選での圧倒的できれいな勝ち方、Jリーグでの活躍をどう代表でやるか、監督のやり方はあーだこーだ、フォーメーションが慣れてない、」などと違うところに原因を求め始めた時に悲劇が始まるのです。これが最悪なパターンであることは明白で、個人としてみても、まず強い気持ちがあって基礎固めができた段階で、テクニックを覚えていくのが上達の法則で、スポーツマンは皆この道を通ってきている。そのように本質からズレたのどーでもいーことをあれこれ考え始め、それが原因だと錯覚してこねくり回すと、絡まりまくった糸はますます解けなくなってしい、結果、成功からは遠ざかっていく。本質を見落とさず軸をブラすな!とはビジネスの世界ではよく聞く話ですが、確かに関係ないものにはわき目も振らず突っ走るのは成功者の条件だということを鑑みると「気の持ちよう」は絶対の要素です。「点を取って勝つ」というシンプルな本質から目がそれた日本代表は、もう一度言いましょう、ボール回しはうまいけど点の取れないチームでした。点を取り、勝ちさえすれば、そういう枝葉の要素は全部肯定されるのに。あーだこーだ言い訳する人間が成功から遠いのと同じです。自分の不甲斐なさを「外に」理由づけるのと全く同じ構造だからですね。どこの世界でも同じ、精神的に弱い奴ほど一発逆転や魔法のテクニックを求めます。コピペや不労所得を求めるネットの世界、金融操作による経済回復を狙うのと同じなのです。要は気持ちの問題なのです。気持ち→運動量基礎体力→テクニック→戦術→戦略の順番で強いチームが作られていく。本質が見えていた中田は、結局、誰からも理解されず涙しながらサッカー人生を終えたのでした。

さて、そうゆう代表の中で周りに合わせることで自分を失ってしまった中田英でしたが、自分を振り返り、またヨーロッパで活躍している選手を見てきて見出した成功要素は、「自分のスタイルを貫く」でした。自分のスタイルを周りにどう言われようと貫くという「気持ち」です。「自分のプレーをする選手(=好き勝手やる選手)はスゴイプレイヤーかバカか、のどちらか終わる、でも結果が出ずに一旦バカな選手と言われてもそこで終わるわけじゃない、沈んでもまた上がってく、自分を貫く選手はそうやって上り詰めていくのだ」と。遠慮して周りを立てると、「いい選手だったね、あの、、、何てプレイヤーだった?」という中途半端な位置づけで終わってしまうのです、スゴイ選手にはなれない。

これは社会の構造をとてもよく表していると思うんです。貧富の二極化とか言われますけど、例えば経済的に何不自由のない生活をできるのは、一部の層です。恋愛格差で圧倒的にモテるのも一部でその他大勢は非モテなのです。それほど「スゴイプレイヤー」になるのは難しい。この難しさは実力とは直接は関係ありません、どちらかというとそこに辿り着くまでに「強いマインド」を継続できるかという難しさです。ほとんどが周りの空気によって語られる同調圧力や好き勝手やってていいのだろうかという内なる声により「自分のスタイルを貫けない」ということに起因します。これはもともと実力のある選手をもダメにしてしまうほどの強い要因です、中田のように。彼は日本人選手の中では最も有名ですが、気持ちの問題とケガがなければもっと上に行けたんじゃないかと思うと残念でなりません。

これはどのスポーツの種目にも言えることだと思いますが、日本人の若手選手は、若くして代表やクラブチームで活躍しながらも、歳を経るにつれてどんどんと活躍できなくなります。なぜか?ぼくはこれを体格とか技術面ではなく、メンタリティによると見ています。若い時は自分の好きなようにプレーできても、だんだんとチーム全体の中の自分、長いキャリアでの今の自分、を考えて、自分のプレーができなくなるのではないかと。チームスポーツなら「周りに合わせなくきゃ」という一歩後ろへ下がる、あの気持ちが足かせになるのです。

サッカーなどのチームスポーツにおいて協調性は日本人の美徳ですが、スーパースターは出てこないのはなぜかというと、そういうメンタルの部分が大きい。そして好き勝手わがままにやりたい放題にできない日本人は世界のトップリーグでの活躍はできないのです、だって点が取れないのに、目立つことなどできない。そして世界の強豪が集うワールドカップではマインドが優しい日本代表はそこそこのところで終わるのでした。

この対談を通して日本代表を今になって振り返ると、全体としてのぬるさを打破するのも、一選手として結果を残すのも結局は気持ちの問題と言えます。個々の集まりが集団となるから、個性が立っているチームは強いのです。まずチームに貢献できる個がある、個々がやりたい放題できる強い気持ちと実力を持っている、それから協調性という話がでてくるべきなのです。

協調性が重視されるあまり個が消えて、全体としても個人のキャリアとしても上手く回らなくなる理由については最近の研究が明らかにしているところが大きいですが、結局日本の伝統的な形式ばかりの会議に似ていますね。いいも悪いもいろんな意見があってそこから大きな方向性が決まっていくわけで時に大きな方向転換もありうるわけですが、自分のプレーをすることより、周りとの協調性が”第一”になってしまうと、なかなか結論の出ない会議の様で何のための会議だったか、が見えなくなります。自分の意見がない、周りの意見はどうなのか?。。という集合体です。会議をすること自体が自己目的化してしまう。「本来は自分のやりたいことがあったはずなのに、みんなのために、自分のやりたいことができなくなる、、」。この矛盾は企業戦略やチームスポーツ、芸術系のマネタイズなど、どこにでも起こりうることです。

やりたい放題がうまくいく、というのは実は恋愛でもかなりの重要要素です。ぼくはモテるということを考えながらこの対談を思い出したとき本当に通づるものがあるなと感心しました。恋愛において、なぜ自分勝手な男がうまくいき、誠実そうな男が報われないのか、その答えは「他人を気にしない、やりたい放題やる」というマインドセットだったのです。(当然それなりの実力があるのは前提)女は「誠実な男が好き、優しい男が好き、わたしだけを見てくれる男がいいの。」なんて言ったりしますが、そうやって彼女たちに近づくとサッパリ相手にされないという摩訶不思議なことが起こります。そしてそういう本人たちは色気のある男を追いかけまている。まあ逆から見れば程度の差はあれ、ぼくらも尽くし過ぎる女は時に怖い・重いと感じることがありますから、結局そうゆうことなのです。

他人を気にする→自分が犠牲になるべきか?→自分の力が発揮できない→成功できない。これはもろもろの研究が示すモチベーションの理論とも重なることを再度強調しておきましょう。

「他人を気にしない、やりたい放題」とは、他人に依存しない、とも言い換えることができるでしょう。これは見過ごされがちな良い側面なのです。相手を気にしてる男は、女性に配慮している、のではありません。彼女たちの顔色をうかがっているのです。そしてそれは根底に相手に受け入れられたいがための、ドンピシャ回答を狙っているという深層心理がうごめいている。回り回って結局自分が認められたいのです。そういう意味で高評価ちょうだい的な他人評価に依存している、といえる。これはチームメートから、サポーターから、監督から、メディアから、みんなから認められたいと考えるサッカー選手と同じで、非モテコミット100%の重い男なんですよ。本来の自分の仕事(点を取る!→勝利へ)は何なのか、を完全に忘れてしまっていて、完全にタレントマインドになってしまっているのだからうまくいきません。だから恋愛がうまくいかない、女が離れていく、という負のループでこれは仕方がないことです。結果を出せば付いてくるものを、結果を出す前から意気込み過ぎて意識し過ぎて、欲しがっている状態、これでは力は発揮できないし、このフレームは相手に伝わってしまうので本当に欲しいものは手に入りません。マインドセットの問題です。観る者の期待をはるかに上回る一流サッカープレイヤーのように、女の期待をはるかに超えるんだ、というマインドで、好き放題やって、彼女たちを魅了しなければならないのです。こうみると誠実風な男と非モテの共通点が見えてきますね。

逆にみるとやりたい放題の男はそういう欲しがりマインドはありませんし、「何をすべきか(→点を獲りに行く)」という方向に走りながら好き勝手にやるのですべてが回りだすのです。サッカーでも恋愛でも一流プレイヤーとは、中田「周りから文句言われるのはきらいじゃないでしょ?」、本田「悪くないですね」、中田「それが力になるでしょ。」と言っていたように、非モテが持つ顔色をうかがうような態度とは対極にある、強いマインドを持っている男なのです。

まあ、そういう成功者は良くも悪くもバカなのです。バカであるがゆえに他者を気にせず己の声の囁くままに真っ直ぐ駆け抜けることができる。気にするとなかなか出来ないのに、気にするのを止めたとたん出来た!というのはよくあることで、成功者はバカであるがゆえに、素で、周りなんか気にしていません。普通の人にとってはクレイジーなのです。

モテたいと願うことは素敵なことで、なんら恥ずかしいことでもありません。その情熱が強いほどいいでしょう。そしてぼくらはその情熱は十分あります。なのに報われないのは、気の持ちようかもしれませんね。気にしない気にしない、好きなようにやる、そんな男が一番輝いている。だからこそ、そんな男の背中を女は追いたくなるのでしょう。

 

 

 

 

☆やじろべえ☆