モテるのは、マインドセットがすべて、それを証明しよう。

恋愛解明ゲーム、そしてぼくは人間になる。

切実な質問がまた来ました! 今回は重過ぎるわ。。 

さて、最近はコメントが少しづつ増えてきました。

ありがたいことです。

コメントも少し前は「記事、ためになってます!」という応援系だったんですが、最近では「ところで、こういう場合はどうすればいいですか?」という質問系も増えてきました、前回の記事もそうであった通り。

これはとてもいい流れで、だいたい記事にして答えていこうと思っていますので、読者の悩みも良いほうに向かい、新しい読者には気づきがあり、僕自身も調査したり、文章書いたりと、頭を使う作業ができて、みんなが得をするWIN-WINじゃないですか。「マインドセットがすべて」の読者であるかぎり、WINであるので、ポジティヴに人生を生きていけるということですね笑。

今回の質問はとても重くて、おいおい、そんなあんたの人生左右すること、おれに言わせるのかよ、とツッコんでしまいました。さらに長文でしたので、全文乗せることは控えますが、骨子はお伝えしますので、いっしょに考えていきましょう。

 

 

どんな質問かというと、、  (プライバシーに配慮して、勝手に著者が(てか、ぼくが)、大筋はそのままにストーリー仕立てにしてます。名前も適当に。)

妻子持ちの男性の方。

奥さんとうまくいってなくて、離婚話を切り出されました。妻曰く「一年以内にあんたの悪いとこ直さなければ離婚よ!」と。

自分を改めなければと思い、ネットをサーフしていると、このブログにたどりつきました。宝の山を当てたような気持で読み漁りました(←ココ重要笑)。

そこで、自分はマインドセットの観点もなく、王道を歩むことから逃げていたことに気づき、今は禁欲と筋トレと有酸素運動で自分を鍛えています。

そしてら努力が楽しく感じ始めマインドがセットされて来ている気がします。(←ココはマジで重要ね。)

そんな矢先、また夫婦げんかしてしまった。へこむ。

妻から「努力してるのはわかるけど、わたしのほうにベクトルが向いてない(私が求めてるのはそうゆうことじゃないんだよ)」と言われる。

反省、妻のわがままも聞く。

だが妻は男友達と遊ぶのも頻繁になって、朝帰りもしょっちゅうだ。

あー、むかつく。

でも、そういえば昔、うちの親と妻が揉めたとき、妻を守ってやれなかった自分も悪いんだろうか。。

そうだ、自分が動じない心があればいいんだな。

でも、朝帰りはやりすぎだろ、一線超えてんじゃねーか。

俺は何のために努力してるんだろう。妻のためではない気がするんですよ。

妻を観察すると、、

妻は心のどこかで助けを求めているような気がする。だし、わがままでぼくを操ろうとしているだけの気もする。

ん~、どうすればいいか?

 

トーマスさん(仮名)

 

というものでした。

 

重いわ。

でか、知らんがな。

 

というのが、正直なところですが、切実さが伝わってきましたし、ぼくを頼ってきてくれているというのもあるので、ぼくなりの方向性を示せたらいいなと思います。

 

ここまでくると、コンサルやんけ。

 

さて、結論から言うと、最終的には「あなたが決めて」、ということにもちろんなります。人の人生を肩代わりするのはどんな優れた教師にもできません。人はあらゆるものから自由に生きるには、「自分」というものが確立していないといけませんが、「決断する」というのは、そしてその結果を良くも悪くも甘んじて受け入れるというのは、まさにその当人に属しているからです。

だからぼくはドヤ顔で、そのときには僕ならこうしますね、なんて言うことはできない。あなたがハンドルを握っているべきなのだから。

 

ざっと、この悩みを見ているところ、一つの大きな視点があればもっとスムーズに決断できるような気がしてなりません。それは、

「長期的に見て、人生をデザインする」

という感覚です。

充実した生き方とか、目標達成に関して、二つの対照的な理屈が語られます。

つまり、目標をもって人生設計しろ!という論と、今を全力で生きろ!という論が、ぼくらの生きている世界でこの二つに二分されているでしょう。

今月の目標、半年後の目標、1年後、5年後、、というようにしっかりと目標を立ててそれに沿って歩んでいくべきだという思想です。

逆に、目標をもって先ばっかり見るから、今が見えず、全然人生が前に進まないんだという考え方もあります。この立場をとる人は、今を全力で生きろ、目の前のことにコミットすれば、自然と未来は開けてくるという生き方を信じています。

ホリエモンなんかは、後者ですね。

「人生に目的は一切いらない」「人生に夢や目標は必要ない」「目の前の興味に従っていけ」「永遠の3歳児として生きろ」

と言っています。

立場がこの二つに分かれるということは結局、人生のステージの話とつながってくると思うんですが、本当に長期的な視点がないと、つまりその日暮らしのような生活をしていると、何か悪いスパイラルに延々とはまり続け、苦しい生活から抜け出せません、当然ながら。

ところが、頭がいい人にありがちなのが、長期的に緻密に計画を立てても、いざやりましょうという段階で実行が非常に弱いということがあります。

MBAを卒業しても起業はしない、なぜならリスクがたくさんあって(先が見えている)、今、その一歩を踏み出せない、という人もいます。全体は見えているんだけど、一歩先がぼやけているという状態でしょう。

ホリエモンが「自分のことだけを考える、、」の著書でターゲットにしているのは、このステージにいる人、長期的にとらわれすぎて、「今の足元」が見えていない人です。

さて、ホリエモンは目標は持たないのかもしれませんが、彼に長期的な視点が全くないのかといえば、そうではありません。それは彼のこれまでの経歴や発言を見るとよくわかります。本質的にその日暮らしな人々とは全く種類が違うのです。

中長期的に物事を多方面から観察しながら、”感覚的に”それをつかんでいる。そして力の大部分は「今」に注ぎ込んでいるのです。

成功者というのは必ず、意識しているかにかかわらず、この両方の視点を持っていて、しかもそれを高レベルで統合している人といえるのです。

 

さて、質問をくれたトーマスさんは、その文章から推測するぼくの印象は、目の前の出来事に振り回されてAが出たらAの対処を、続いてBが飛び出して来たらBの火消しをしている、後手後手の人生で、それで疲れちゃうし、すり減ってしまって、周りも当然見えないし、自分自身もよくわからない感じになってるように思うんですね。

自分なりの人生の原則があって、それを軸に人生をデザインしてる人は、その人が成功かどうかの判断はさておき、その人のカラーが人生のはしばしに反映されていきます。

当然、原則があるわけだから直面する難題に右往左往することはない。

ある意味で、堂々としている男、安定している男、女がペラペラ饒舌になってしまい、ツンツンしていた女がなんかデレデレし始める、頼りがいのある男とは、なんだかんだでそういう男なのでしょう。

 

人生のステージ設計がおぼろげにでもあると(ガチガチに固める必要もない)、あるいは理想的な人生モデルがあれば、降りかかってくる厄介なものにも、その向き合う態度が全然違ってきます。その瞬間しんどいのはもちろんそうなんだけど、悲観することなく原則に沿ってタスク処理して、さらにはそこからなんらかの教訓を学び取り、さらに飛躍することが彼らには可能です。

長期的な感覚がないから、災難が次から次に降りかかってきて、あーー、なんで俺だけがこんな苦労をしなきゃなんねーんだ。となるが、実際は違うのです。

それら一つ一つの災難は別個のものではなく実は関連性があったり、さらには問題の根っこは同一の原因である場合も多々あるわけで、もちろんすべてではないですが、「そもそもお前が問題なんだよ」とたまにぼくは身もフタモないことを言ってしまうのはこういう理屈からなのです。

 

さて、多くの人の自分自身の人生設計は雑である、と言わざるを得ません。

行き当たりばったりで、結婚し、子供ができ、今の仕事を続けている。これは結果だけで成功かそうでないかを判断できることではありませんし、もちろん、結婚の年齢や、子供の数や、なんの仕事をしているかは、そのすべては当人の価値観や相性で決まるもので、それこそ他人がどうこう言うことではありませんが、

しかしながらなぜか、人生がボヤッとしている、難題が次から次にやってくる、解決できずもっと悪化している、負のオーラをまき散らしている、そういう行き当たりばったりの後手後手の人がいます。

そういう人生を目にする時、そういう現実にある「負の何か」は間違いなく、「雑である」ことの”結果”と言えるでしょう。

ぼくは正直なところトーマスさんの人生は爬虫類並みに視野がぼやけていると思います。その証拠に、「最近は、努力している生活が楽しく、とても充実していてマインドがセットされ始めた感覚がありました。」と言っている。

努力が楽しい、というのは成功者の入り口です。あの有名な「ストイック」の記事https://bit.ly/1WPJtyyで言及している通り、成功は何かの没頭でリターンを得ることの積み重ねです。でも、ほとんどの人はこの何かに打ち込む、没頭する、というのができません。それはストイックなこと、努力することが苦しいから、続かないのです。

ところが、努力が楽しいとなると、今に全力を投入することができるようになる。

それはなんだか今を生きてる感覚が持てるし、そうすると、今だけでなく少し先も見えるようになるし見たくなるわけです。何かにチャレンジしたくなり、達成したくなり、自分の人生をかけて自己実現を目指し始めます。自分の人生のデザイナーになるわけですね。

逆に言うと、この努力が楽しい感覚がないと、人生がぼんやりして、爬虫類的な生き方になります。優秀なかれら爬虫類と違って僕たち人間は、熱を感知したり皮膚の感覚が研ぎ澄まされているわけではありませんから、狭い視野ぼんやりした視点は致命的なのです。

一方、涼しい顔してストイックなことをこなすドMな生き方をする人もいます。もちろん希少なこういう人々はステージを瞬く間に駆け上がっていくし、余計な問題に巻き込まれることもありません。いや、問題すら問題ととらえてないんじゃないか、人生に付き物の何か、さっさと処理して次へ、だけ。ナチュラルにそう考えているんじゃないか、と思います。いつもポジティブなのですな。

ストイックな生き方というのも、根底でそれをどこか楽しく感じてないと長続きしません。

つまり、この感覚を知ってこそ高みに行く準備ができているのです。

 

ストイックに何かを、充実しながらやっている

そうすれば、長期緻密目標設定型かvs今を全力型か、という論争は関係なくなります。

その人が持つ長期的な視点が足を引っ張るということがないからです。頭が良すぎて動けないなんていうマイナスに作用することもありません。努力が楽しいその瞬間、その人は「今」にコミットしているからです。

そう考えると、ストイックであることがますます大切であることが浮き彫りになりますね。

人が幼少期を経て、思春期へ、そして大人の階段上るように、興味や楽しみから没頭を覚えて、コミットメントを習得し、人生設計を学ぶ、この成長の順番が短期長期の双方の視点を統合し、成功していく順番でもあるのではないか、そう個人的に感じています。

てことは、努力が楽しく感じられたトーマスさんは今は爬虫類だけど、成功の階段を一歩、上ったのかもしれません。

 

 

トーマスさんは、この感覚をつかめたのだから、決して撒いた努力の種は無駄になりません。しかし、注意するべき点として少し、期待しすぎのような気がします。

誰に期待しているのか?

自分とか、自分に関わってくる周りの人々に、です。

 

努力すれば必ずそれなりの結果が伴うわけですから気持ちは高揚するわけですが、現実はそんなにドラスティックに変化するはずもありません。

自分が成長の第一歩目を歩き出したからとはいえ、周りに対する自分の影響力はもっと小さい。はっきり言って周りは自分のことしか気にしてないので、トーマスさんの努力、その努力の成果は微々たるもので誤差の範囲でしかないでしょう。

これは利己的利利他的な道徳の話ではなく、人間の構造からしてそういう生き物だということです。だとすれば、努力が目を出し始めて現時点で何かを期待することがおかしい。自分に期待するならまだしも、関係各位に何かを求めるなんて時期尚早にもほどがあるんじゃないでしょうか?

自分自身の気持ちの安定を得る、周囲の状態の好転を得るにはまだ時間がかかるのでしょう。

一喜一憂しすぎです。

 

では、今やるべきは何か?

再三言っている通り、自分の生きる原理原則を確立することです。

これは英語では「プリンシプル」と言われ、自己啓発界隈でももてはやされるキーなワードです。

 

サッカーでも、野球でも、最近スキャンダルで話題になったアメフトでもそうですが、それらにはルールがあります。ルールに則ってプレーするからゲームが成立する。逆に何らかのゲームが成立しているならその背後にはルールが存在していて、それに沿ってゲームが回っているといえます。世界は、人々は、そうやって動いている。

僕らの人生も実は何らかのスポーツやゲームであり、僕ら自身は、そのプレーヤーで、しかもキーマンなのです。

でもいった自分は何のゲームをやっているのか? わかってない人が多い。

テレビを見て、「ルールを守らず、危険なタックルを指示した監督やコーチはけしからん!」とどや顔で言うものの、自分自身はどんなルールで人生を歩んでいるか何一つわかっていない。

キープレーヤーなのに自ら進んで「監督、交代させてください、ベンチに下がります」と言わんばかりに匙を投げる。自分で考えず、他人に流されるマイルドヤンキーは無自覚的に、こうなのですよ。

まったく、ワイドショー見て批評する暇があったら、自分の人生を内省しましょうよ、と強く思うのです。

 

ルールがわからないで試合に出ると悲惨な結果になります。バット持ってヘルメットかぶって野球のユニフォーム着てサッカーの試合に出るバカがいるでしょうか?

人生にプリンシプルがないと、次から次に意味不明な難題が理不尽に降りかかり、あっという間にゲームオーバーになるのです。

 

自分はどう努力すべきか?

妻に対して、子供に対して、どうい存在であるべきか?

妻には何を求めるのか?

お互いに「人として」超えてはいけない一線は何なのか?

 

今回の災難はそれを深く深く考える機会になるのではないでしょうか。

あなたの奥さんが言う「一年以内に」を額面通りに受け取っていいなら、一年あれば相当な変化が見込めると思っています。コミットさえすればもう、劇的に変化できるはずなのです。

そのとき、トーマスさんの本当に欲しかったものは何か?奥さんの心にあるものは本当は何なのか?彼女の言動がはったりか本心なのか?

そのすべてが明らかになるでしょう。

一年というスパンをどう見るかですが、あなたの年齢ならぜんぜん余裕ではないでしょうか。でも、「1年はなげーよ」みる人もいるでしょう。それは結局自分のパラダイムによります。一年でがんばって何かを得るのも良し、今、スパッとリセットして新しい人生を歩むと決めるのも一つの選択です。ぼくがどうこう言えることではない。

 

ただ、ご自分でも自覚している通り「王道を歩まず逃げていたら、ゆくゆくはどうなるのか」はよくわかることでしょう。状況が変わってもあなたはあなたのまま。災難はやっぱりなぜか同じ人に降りかかるのですね。

結果をすぐに求めすぎず、他人に期待しすぎず、原則に忠実に歩いていきましょう。

 

どんな選択をするにしても、これから先は、マインドセットがすべてなんだという気持ちで人生をデザインしてほしいと思います。

 

切実な気持ちをぶつけてくれたことに、感謝します。

 

 

やじろべえ。

 

 

PS.今回は時間をかけられず推敲が足りないと感じる部分も多々ありますが、トーマスさんに早めに届けねばと思い上梓しました。 

 

また、コメントや質問、待ってまーす。

 

 

 

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