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モテるのは、マインドセットがすべて、それを証明しよう。

恋愛解明ゲーム、そしてぼくは人間になる。

責任感の源泉-女が好きで好きでたまらない男の像

 モテよう、と強く意気込むとき良く見落とされがちなのが、「責任」という問題です。世間的にも責任感は美徳とされ、女からすると責任感のある男はなぜか色気がある。ところが男の側からすると責任はどうやら、仕事で失敗した「責任を取ってくれ」、子供が出きたの「責任取って」、「責任を取って辞職するべきだ」とか、ネガティブなイメージが刷り込まれていますね。責任を取るとは何か大きな犠牲や代償が伴うもので、できる限り避けるべきなのだろう、というかモテと何の関係があるのか??と思ってしまいますね。

 ところが現実は、責任を回避しようとすればするほど、モテなくなるのです。頼りない、口だけの、その場しのぎの、プレッシャーに弱い男に共通するのは、まさに、責任感の無さでしょう。「ねえねえ、プライドないの?」と問いたくなる。女からしてみれば堂々とした安定感のある男がもちろん大好きで、男からしてみても責任感があって仕事ができる男は一緒にいて学ぶところが多いものです。にもかかわらず責任感と聞くとあ~きれいごと、使えねー、と感じるのは、責任感とは何か、がいまいち掴み難いからでしょう。

 自由のうらには責任が伴うことは学校でも習いますが、これを道徳的だとはき捨てた途端、その男はダサくなり始めます。「自由のうらの責任」は裏を返すと、責任を取れる成熟した男こそより大きな自由を持てることを意味しています。責任感と自由は相関関係にあるのです。

 一般的には責任が伴うと自由が制限されると勘違いされていますが、はっきり言ってそれは違います。自分の能力に対する最適負荷程度の責任を、持てば持つほど物事のディテールまで意識がとどき、責任の幅が広がり、水準が高まり、結局のところ「やれる」ことが増加します。そうして自由自在に動けるのです。逆にいうと好き勝手やってもなぜかインパクトのある結果が出ない、小さい箱の中でチョロチョロ動いてるだけの小物感が拭いきれない、責任感がないと逆にやれることが制限されてしまうのですよ。

 責任感ー物事のディテールが見える、責任感ー実力水準が高まる、どういうことなのか?このつながりは、お金儲けで考えるとわかりやすいでしょう。自由主義社会になるとより実力が試されるのと同じ原理なのです。つまり社会主義だと実力がなくてもがんばらなくても取り分は入ってきますが、資本主義だと自由にやれる分、結果においては実力の有無が如実に反映されてきます。実力がありさえすれば経済活動の中であらゆる手段でマネタイズでき、稼ぐ過程でも、ガッポリ稼いだ後も、いろいろとやれることが増える、つまり、自由が広がるのです。じゃあ実力はどこからやってくるか、仕事ができるとは何か、というと責任感なのです。

責任感はタスクを処理する際にも、自己発動の積極的動力になります。他者からやらされたり、暗黙の圧力があるからではなくて、「自己」というところがカギで、責任感をハートの中にメラメラと燃やすと、それが動力になって、「よし、最後まできっちりやりきろう。」というメンタリティになる。これはプライド論とも重なる部分ですが、「おれがやるんだ中途半端なものは出せない」というドッシリしたメンタリティが生まれる。そうすれば自分を律することもできるし、チームに対しても責任を果たすような計画をし実行する、クライアントが喜ぶパフォーマンスやプロダクトも産生でき、自分、仲間、顧客、の三者三得の状態なのです。”責任感”とは学校で教えてもらう道徳的なイメージ以上に、自分自身のプライドと関係各位の利益まで見据えて、それらが織り込まれた「人間的な動力」なのです。人間的なのだから、責任感なしに自由なんてあるわけなくて、幸せなんて手に入らないんですよ。

 さて、人間らしく、男らしく、仕事も恋愛も出来る男になるには「責任感」だということは神様でも動かせない事実ですが、責任感を持つということは以外に難しいことです。めんどくさいし、、こわいし、失敗したら恥ずかしいし、。責任感の有る無しはある程度、経験がものをいいますが、それがある人とない人の決定的な違いは何かというと、「自分事で考えている」ということです。

 店長とアルバイト、またはマネージャーと平社員では、どちらが仕事を「自分事」で考えているか?それは当然、結果からよりダイレクトに影響をうけるポジションです。店長は売り上げについて上司からガシガシつめられますが、バイトにはなーんも関係なく、言われたことをただやって時給を稼ぐだけです。プロジェクトマネージャーも同様で企画の失敗は己自身の失敗、もし部下がやらかしたミスでも自分で責任を取る必要が生じる。自分にすべてが返ってくるのだから、というメンタリティは店長だったり、上司だったりするのです。となると彼らは必然的に「結果」まで考慮に入れて今何をするべきか、いつまでに終わらせるのか、よくよくよく考えるでしょう。自分が得するも損するも自分の手の中にある(もちろん例外的な使えない上司もいますよ)のだから、優秀な店舗成績やプロジェクト成功のために、失敗しないように上司に怒られないために、「自分はなにをすべきか」常に考えているのです。これがいつもいつも主体的な動力であるとは限りませんし、時に外部からの作用かもしれませんが、大事なのは「自分だったらどうするか、どうした方がいいのか」考える習慣を持っているということです。そうすれば自分がやったことの結果が自分に直接は返ってこない場面、例えば、シフトで次のアルバイトにバトンタッチするときも、そいつのために「今」「おれが」責任を持ってこの仕事を片付けるという行為が出てきます。終わったらあいつがするからいいや~、仕事上がりの俺には関係ねー♪とはならない。これが責任感で、三者三得への道なのです。当然ながら考える習慣がついていて、物事の着地まで描けているのだからリーダーシップが、例えばデートに誘うときも、ほんとに自然に発揮されるでしょう。

 以前の職場で仕事の出来ない先輩がいました。やりっ放しの帝王と呼ばれていて、器具は片付けない、材料は適当にコンテナにしまう、これじゃ次のやつがやりにくいじゃねーかと。そこで店長が放った一言、「結局、後は他のやつがやる、と思ってるからだよ。」まさに。結局彼、他人事なんですね。自分事として物事を考えられないこういう男は責任感を持てません。原因→結果という小学生でもわかることが実践できないのは、その→の中に責任感が欠けているのであり、それが無ければ、自己啓発すらも単なる空虚な言説なのです。先輩、あなたの責任感の無さが、職場の乱れという「結果」を作っている、唯一の「原因」ですよ。

 これは男の子を育てる研究においてもすでに立証されていて、助け舟を出しすぎる親や無規律過ぎる親に育てられた子供は大人になっても責任感がありません。「自分事」を学ぶ機会がなかったからです。逆に、適度に規律正しく、失敗の責任は自分で取ろうね、散らかしたら自分で片付けようね、と育てられた子供はなんでも自分で出来ます。そして成長していってから、責任感という快楽の中でどんどん成果を出すことになる。自分の中の責任感OSが見事に機能しそして制御され統率される。そしてその自己の処理能力への驚きと、”生きてる”という感覚、そういう責任感を持っているからこそ、湧き上がる力が出来る男にさらなる成果をもたらし、なおいっそうステージを引き上げるのです。

 リーダーシップの専門家で企業コンサルタントのサイモンシネックは自著のリーダーシップ論の中で、「責任感」についてある実証実験の結果とともに興味深い結論をあたえています。

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「ホワイトホール研究」と呼ばれる調査により、意外な、そして深遠な事実があきらかになった。ストレスは、組織における地位が高くなるほど増える責任やプレッシャーから生じているのではなかった。もっとも強いストレスの原因は、日々の仕事において自分に決定権がないことだった。また、仕事自体にストレスと感じるのではなく、どれほど努力をしても報われず、努力と報酬のバランスが悪いと、大きなストレスを感じることもわかった。要するに、自分に権限がないと感じている人ほど、強いストレスに苦しんでいたのである。

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2012年、ハーバード大学とスタンフォード大学の研究者により、同様の調査が行われた。かれらはハーバード・ビジネス・スクールのリーダー養成プログラム「エグゼクティブMBA」の参加者たちを対象に、ストレスを感じているときに分泌されるホルモンーコルチゾールーの値を調べた。それを、管理職として昇進できなかった社員と比較したところ、リーダーが感じているストレスの度合いは、部下のそれよりも全般的に低いことがわかった。

「自分の人生は自分で決められるという感覚は、社会的階層の上位の肩書きにともなう重責の充分な埋め合わせとなる」と、この研究結果を報告したスタンフォード・ニュース・サービスのマックス・マックルーアは記した。

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ホワイトホール研究では、仕事とストレスと健康の関係について、ほかにも意外な結果があきらかになった。組織のヒエラルキーにおける地位が低いほどストレスに起因する健康問題が生じるリスクが高くなり、地位が高い人ほどそのリスクが低くなることが判明したのだ。つまりトップの経営陣は、絶えまない緊張で疲弊しているように見えるが、実際は、かれらの下で働いている事務員やマネジャーよりも長生きし、健康的な生活を送っている。

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 簡単に言うと、責任の重い上位と、責任の軽い部下では、ストレスを感じる度合いは圧倒的に部下のほうが強く、責任の重い上司のほうが長生きし、健康的な生活を送っている。そして責任ある立場は、自分に権限があり「自分で何かを決められる」という感覚が人を”生かす”のであると。生理学や検証の観点から結論付けています。

 「責任感」=「自分で決めている」ということで、より自立的で人間的なのだから、ということは責任感のある当人自身も、その人に関わる周りも、活き活きできて気持ちいいのです。よく女の子は「引っ張っていってくれる男がいい~」なんて言いますが、引っ張り上手な男のコアには責任感が根を張っていて、それを元にいろいろな経験を積んできたという実績が、安心感として表面化して伝わるんですね。決して、テクニック的なものではないんですよ、引っ張ってくれる、という安心感は。そして三者三得と言えたように「引っ張ってくれる」には自分だけではなく彼女の利益も織り込み済みなのだから、強引なオラオラな感じはなく、非常に爽やかなリーダーシップなのです。そういう修羅場をもくぐる責任感の経験値はアルファな男を作り上げるというわけです。

 自信に溢れたアルファな男、仕事ができる安定した男、S級の美人を前にしてもビビらない男、共通点は「責任感」なのです。責任感は、頭を回転させ、物事の先の先を描かせ、自分の手で切り開くんだという快感の源泉なんですね。それは生活の重要な面で自分を助けてくれる目に見えないメンターのような存在です。責任感が強く、責任が多い男ほど自由で、そんな自由な男が女は大好きですね。

   一般論の逆を行くのが成功法則なら、みんなが敬遠する責任感、ココから取り組んでみてはいかがでしょうか?意外と灯台下暗しかもしれませんよ。

 

 

やじろべえ☆