モテるのは、マインドセットがすべて、それを証明しよう。

恋愛解明ゲーム、そしてぼくは人間になる。

在宅勤務 制度 実力主義 自由 恋愛 格差 再分配 

暑い夏がやってきました。

夏となると海やバケーションですが、ヤな仕事を日ごろひーこら頑張ってんだから夏休みぐらいパーッとやるぞ!と意気込む、仕事は飯のためにしょうがなく人間と、普段の仕事も充実してて、夏休みを満喫しながらもなぜか新しいビジネスアイデアが見つかってしまう人間、つまり次の一手につながる動きをナチュラルにしてる仕事が生きがい人間。この二種類がいるでしょう。

work to live と  live to work  のパラダイムの違いですね。

こういう仕事に対するスタンスの違いがある場合、会社の仕組みが急に変わったとき、結果に如実に違いが現れることは自明の事実ですね。

おもしろい記事がありましたので、今回はこの記事をたたき台に恋愛と時代と我々のあるべき姿を考えてみましょう。結局、仕組みではなく価値観、テクニックではなくマインド、外づらではなく中身、それがよくわかればいいなと思います。

 

ではいってみましょう!

blog.tinect.jp

 

なるほどなー、こういうふうに人々の意思とは関係なく世界の二極化が進んでいくんだなと思うわけですが、二極化の下側にスライドしてしまう層は、もちろんそこに固定されてニッチモサッチモいかなくなってからハッと気が付きます。つまり、その二極化徐々に進むその過程ではまったくのゆでカエルなわけで、さらに言うと企業から「会社に来なくてもいいよ、家でやってくれれば♪」という「決定」が下された瞬間に未来が的確に予測できて、その企業の意図に気づき対策を打てる人などほとんどいません。「在宅ラッキー♪」とそれに飛びつく社員が大多数なのです。

この「在宅勤務OK」の仕組みは成果主義が柱にあり、どんどん優秀以外の社員を篩い落としていくもので、「努力してるプロセスも見てくれよ」「長期的に結果を出すからちょっと待って」という言い訳は通用しないことを意味しています。つまるところそんな人材はいらないよ、というのがこの仕組みの背後にあるメッセージで、意図的かどうかにかかわらずこれまでの日本企業の伝統的な在り方から外資のような企業スタイルへの変化を意味しています。そんなキビシイ評価基準をオブラートに包んで表現したのが「在宅勤務OK」のスローガンで、これは利益を出さないとヤバい企業側にとっては当然の決定ですよ。

このように、社会全体の大きな流れがあって、その中で企業も生き残りをかけて戦略を組み、意思決定するわけですから、成果はないけど面倒はみてくれというダメ社員の主張はどう転んでも通らない。そういう時代.社会に突入してきたことになります。企業は時代や社会システムの荒波に飲み込まれ、個人は企業内の制度に飲み込まれるというしょうがない、誰のせいでもない、流れです。

さて、社会が成熟するとどうしても二極化は広がります。なぜなら、これまでのような社内業績の劇的な伸びが減少するからです。企業がモノを作りさえすればバシバシ売れてガッツリ稼いでいた時代・経済が右肩上がりの恵まれていた時代は、別に成果主義でケツを叩かなくてもなんかやってりゃ、つまり言われたことをルーチーンしてしてりゃ出来上がったモノが自動的に売れちゃうわけですからダメ社員を許容するキャパが企業側にはありました。売り上げがくすぶってるお荷物部門の赤字を、花形部門の黒字でカバーできていた。だからそういう赤字部門の成果を出さない人材を放り投げなくてもすんでいました。しかし、経済がどんづまりな現代は何らかの手を打たなければ企業もヤバいのです。マジで。利益を出すのがカンパニーの第一義的な意義だというのはどう転んでも変わりようがないのですから、荒波にモマれているこの大船をなんとか守って岸に着くぞ!というのは、経営者の自然な感情で、責任でもあります。

誰に対する責任か?

株主であり顧客です。

「そうだ!使えない社員をフェードアウトさせよう!♪」

こうして、「在宅でも構わないよ、でも成果は出してね。」「目の届かない分、成果でしか判断できないよ。」という評価基準が出来上がったのでした。

じつは、大手が採用して、そして失敗して、大きく舵を切った制度にまさに「在宅制度の廃止」があります。つまり、やっぱり会社に出勤してね、というやり方に戻したのです。アップルとかIBMとかの最先端のIT企業はその流れです。ヤフーもそう。

youtu.be

おや、、今論じたことと逆ですね。。

そうです。なぜなら、企業の規模や性質や方向性が違うからです。

最先端をいくアメリカのIT企業はもともと自由な社風でありながらいわずもがな実力主義をずーっと採用してきましたから、もともといい人材が集まる土壌がありました。その会社の経営や運営のなかでトランザクションコストとコーポレートカルチャーの重要性に企業が気づき始めたのです。

外注だと連絡取りづらい、在宅だと社風が育めない。。。と。

しかし、ジャパニーズカンパニーはそもそも方針や制度などもろもろがアメリカとは全く違う。トランザクションコストやコーポレーションカルチャーの前に、ダメ社員の問題だろと。ダメ社員をどうにかすべし、ふるいにかけたほうがいいんじゃないか?という課題は依然として残りつづけるわけです。トランザクションコストを回収して、コーポレーションカルチャーを育てても、ダメ社員はダメ社員のまま。このトラ.......とコーポレ............の二点は時代の先端を行き、優秀な社員がそろうグローバル企業の立場として「在宅廃止」、元に戻したほうがいいと判断したにすぎません。

しかし、そうではない一般の企業(元記事のカルビーも含め)にはダメ社員が非常にたくさん在籍しているわけですよ。そうなるとこいつらをどうするか??

出社させてしっかり管理する、そして「ケツを叩く」。という今までの制度から、働き方をフレキシブルにして自由を広げるという一見社員にとっては満足な判断が合理的になされるのです。例の「働き方改革」ですよ。

これがなぜ合理的なのか?それは、企業側が人間の普遍的な性を逆手にとって上手に利用したことにあります。

企業というのは、アメを使うかムチを使うか。。ニンジンをぶら下げて走らせるのか。。様々なインセンティブを駆使して何とかやる気のない社員を動かそうとします。しかし、何も課さなければしなければダメ社員は勝手にダラダラし始める。なぜなら人には言い訳して動かない・面倒くさいことを避ける、というどうしようもない側面が必ず存在しているからです。ダメな人間ほど、このどうしようもない弱さが強く出ます。自由をくれくれと不満を声高に叫ぶやつほど、そう。

自由になったはずなのに、自分自身の状況はより厳しくなっているという矛盾が発生してはじめて、自由と責任という当たり前の概念がこのとき身を以って理解できるのです。いや、言い過ぎだな。不満はタラタラ、結果は他人のせい。自分は不自由、責任の所在は不明、反権力、金持ち死ね、これが下側固定の人々の残念な特徴で原因ですね。

ぼくは好きだから上達する、好きだから面倒くさいことも苦にならないと考える一方、ネガティブな環境も人を動かし、そのうち訓練の場になっていくということも否定しません。とすると、そういう「縛り」がなくなったダメ社員は在宅でどうなるのでしょうか?youtubeやニコニコを延々と見てしまうという予想通りの結果ですよ。まったく、圧倒的に遊ぶ時間が増えて、時間の使い方が歪み、成果主義もくそもないのです。「使えない社員」はより顕在化し、見える化されて、自ら進んで二極化の片棒を担いでいることが明らかにされる、これは時間の問題です。こうして、二極化が進み、成果主義を唱えた企業は大義名分のもとに使えない社員をバッサリ切れるというのが、この記事の主張です。

 

disciplin(自己規律)はとてもとても重要です。

他者が見てないとき自分は何をするか?自己成長のために今何をすべきか?そしてしないべきか?それを確実にこなせるdisciplineはあるのか?

これは確実にそしてシビアに人生を分けます。なぜなら、例えばある男がいて、彼には実力は備わっているか?これは結局のところdisciplineの強度によって左右され、その実力の有無で人生のステージが決定づけられるからです。人生を構成する仕事、恋愛、すらもつまるところdisciplineという強さに依存すると言えてしまい、「成功できるかどうかのポイントはdisciplineを出発点とした実力にある」というマインドを持っていますか?ということで、二極化のどちら側に固定されるかが決まるのです。

「仕事」については先の記事が教えてくれたわけですが、「恋愛」においてもまったく同じ構造だと言えます。社会の文化や制度や流行が変化し、より自由な恋愛の環境ができあがると、努力しないダメ男は中間層から非モテへ、非モテはより非モテへと固定され、逆転不能な二極化が完成してしまいます。家柄を重視するお見合い制度は姿を消し、自分の力で恋愛対象を探さないといけない。そこに家柄のシグナリングとか親の根回しとかの非モテにとっての逆転のアドバンテージはありません。

また、SNSや各メディアの普及でいい男の概念が多様化洗練された現代は、”ふつうの男”の基準が鬼高え、以前からしたら仕事のステータスも顔も財力や社会的地位などすべてを兼ね備えたすごい男が、現代女子たちの男選びの「最低条件」なのです。だって、二極化の上側しか見てない、そこから自分に合った相手を選ぶもん♪というのが時代の空気が作った「理想の彼氏・夫」なのです。

これは港区女子の話をしているわけではありません。SNSやメディアにさらされない現代人はいないわけですから、そういう女が求める理想像は大なり小なり影響を受けていて形成されてるわけで、否応にもその基準は吊り上がっているのです。ゆえに、そんな各方面で条件がきびしい女たちを男はなんとか落としていかないといけない。非モテにそれができますか??という話なのですよ。答えは、できません。ですね。

それは、disciplineのない使えない社員が、在宅勤務で企業が評価しうる結果を残せるのですか?と同じほど無理ゲーなのだから。自由を求めて自由を失うとは本当に悲しい結末ですよ。

 

さて、そういう恋愛二極化時代においてわれわれがとるべき戦略は何なのか?簡単にお話ししましょう。簡単にね。

一言でいうと、

『マインドセットを強化しつつ、実力をつけて、堂々と勝負しましょう。』

に集約されます。

なぜなら、自由が広がると如実に実力の有無が注目され評価されるからです。そう、自由と実力は強く関係している。「自由」と「責任」なんて言い方がされますが、間違いなくこの二つはセットで、責任は何かというと、実力の一部分なんですよ。実力のないやつに責任は取れないし、責任をヒシヒシ感じてるからそういう淘汰圧の中で少しづつ実力強化されるという因果関係があるのです。

責任を取らなくても、何とか生きていけた。だって、ぼくらの赤字は、業績のいい部門の黒字で補てんしてもらってたから。という社内制度がぶっ壊れると、実力のないやつはリストラのリスクにさらされる。根本の根本原因はなにかというと、「実力不足」ですね。自由な世界を自由に生きるには、実力が必要なのですよ。

実力のないやつがリストラにさらされるというごくごく自然な事態なのですが、その仕組みは何度も言いますが、企業ががっぽり社内留保できた豊かな時代は、マクロ的に見て実力のある社員の稼ぎだしたお金が稼げないダメ社員の給料へと流れていき、いわば「再配分」がなされていたわけですよ。東京で稼ぎ出されたお金は税金として徴収されその後もろもろの財源として地方に交付されます。お金持ちが稼ぎ出したお金は税金として徴収された後に生活保護や母子家庭への手当てに回ります。もちろんそれはいいとして、これは国や社会、会社経営でもまったく同じ仕組みで、全員が自然な経済活動のシステムの中で同じ金額を稼ぎ同じほど会社に貢献するなんてことはありませんから、全体を運営していくためには発生したその差異を埋める再配分があるわけですよ。そして、結果平等を目指す。そして究極の結果平等を大規模に推進したのが社会主義です。

ここから、見えてくるのは全体主義的に働かない人.生活保護を不正受給する人などの面倒をせっせとみると、最終的にはソビエトになるということですね。つまり会社に貢献できないダメ社員の面倒を見る、そういうダメ社員が増える、時代の変化により優秀な社員が結果を出すのが難しくなる、彼らのモチベーションが下がる、だから企業は決断せざるを得ない。

企業;「面倒見れねーよ!」→「在宅解禁します♪」

と。

いわゆる「平等な再配分」は歴史的に国家を苦しめたように必ず会社を苦しくするのです。財源がないと運営ができないのは国家も企業も同じです。いつまでもお荷物部門を存続させれば全体的に余裕がなくなり売り上げを立てる部門にもじわりじわりと影響してくる、だからどこかをカットせざるを得ないのです。

優秀な実力があって結果を出す人を切るんですか?

そんな不合理なことはできません。

彼らを切ったとして、資金はどこから確保するんですか?

それがないなら、再配分すらも机上の空論なのです。

 

さて時代はすすみました。江戸時代や明治時代と違い、家柄や身分に縛られ好きな人との恋愛が許されないという時代から、恋愛が自由にできる時代になると、この自由を男たちみんなが喜べるわかというと実態はそうでは決してありません。なぜならこの自由は二極化を促進し、実力がない男、つまり非モテはどんどん恋愛できなくなるからです。もう制度によって守られながら再配分のおこぼれにありつくことが難しくなるのですよ。再配分は期待できないけど、自ら勝負する気持ちの強さや実力は備えていない。

晩婚化、少子化の到来です。

 

マインドを強化して実力をつける、とは男としての総合力、いわゆるファンダメンタルバリューの引き上げに他なりません。以前から強調していますが、男としての生き物的な強さとは何か?なぜ勉強して頭使って、仕事ができる人間になるべきなのか?淘汰圧の中でしんどいことを糧にする生き方をすべきなのか?こういうフィルターを通して日々をデザインしていくと実力はおのずと上がります。だから、英語で商談をまとめたり、あらゆる情報に精通しながらビジネスをデカくしたり、筋トレを毎週のルーティーンに組み込んだり、快楽の誘惑に打ち克ったり、そういう人間的な基礎的なことから結果を次々に打ち立て価値を生み出せる男が、二極化の上側に行き、強固な安定を築くわけですね。

結局、価値の源泉のような男が時代や分野を問わず一番輝けるわけですよ。それは恋愛の分野ではよりいっそう重要になるでしょう。

恋愛における実力とは何か?それは女を魅了できる力です。

さあ、実力をつけましょう。live to loveも悪くない。

 

やじろべえ☆

 

PS.夏と言えば海とかバーべキュー、海と言えば水着なので筋トレの成果の出番ですね。バーベキューではたらふく肉食えるし。やはり、たんにチャラチャラ遊ぶんじゃなくて、目標設定してガッツリ欲張って遊びたいところです。live to wordパラダイムで日々生きるといつでも準備できてる状態なんで実はバケーションも3倍おいしいんですよ。誰かが、実力がなければ、楽しく遊ぶこともできないって言ってたなー。うん、真実。

 

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