モテるのは、マインドセットがすべて、それを証明しよう。

恋愛解明ゲーム、そしてぼくは人間になる。

好きだけど、執着はしないよ。


「非モテ」

 

何を非モテと定義するかは言語化が難しいですが、人をじっくり観察しさえすれば「それじゃモテないな」とか、「こいつはスゲエモテるだろうな」とか、見ただけでわかります。そいつの何を知ってるわけでもないのに。

言語化できないまでも、非モテとは何か、が程度の差こそあれ肌でわかるのですね。

そうやって人は皆、無意識的に「これじゃモテない」「こいつはスゲェモテるだろう」と、他者を評価している。

僕もそうだし、あなたもそうでしょう。

逆に見れば、他者からもそくう”られている”ということです。

だからこそ、第一印象を疎かにしてはいけないし、むしろ第一印象でインパクトを残し、さらにそのイメージを遥かに超えて行くことがモテる男の必須プロセスであり、それを支援するのがブログの目的ですが、

今回は、「非モテ」をきちんと整理することで、男のあるべき姿を浮き彫りにしていきたいと思います。

 

 非モテ、このワードからは何とも惨めなネガティブイメージが伝わりますが、ウジウジしたネチネチした”感じ”に対して、女が「いやー、キモい(|||´Д`)」と反射的にその烙印を押します。

合コンや婚カツで出会った数多くの非モテは、女子会のネタになっています。

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過ぎたことをいつまでも「あいつのせいで俺は、、ウジウジウジ」

他者の失敗を指摘して、ネチネチ

ケチなヤツは、お金に執着し、

昔の彼女の話をして、「あいつはこういう時、こうだった」と、昔の彼女に執着し、

過去の栄光にしがみつき、みっともない武勇伝を聞いてもいないのに話し出す、過去の自分に執着する

そういう男。

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昔の女にいつまでも執着して、その子の話題を頻繁に持ち出す。そのネチネチ感がキモイのは言うまでもありません。また、過去の栄光にすがって武勇伝を語りだすのもモテない、本当にモテません。

もうすでにいくつかの研究で実証されていることですが、何かに執着し、囚われると、人生が前に進まなくなるのです。

まあ僕らの感覚としても、失敗の正当化に固執したり、いやな同僚に嫉妬したりするときほど自分らしさを発揮できない気がしますね。

「囚われる」

読んで字のごとし、自分の狭い箱の中から出られなくなるんです。

 

だからこそモテる上で、非モテを回避してモテの第一歩を踏み出す上で、重要なマインドセットが 「執着しない」 という考え方です。

非モテ=執着心の強い、メンタルの弱い男(特に女に対する執着心がエグい)

という構図は

世の中では、一人の女ことが好きで好きでたまらない、そして執着する

「非モテコミット」

として有名ですね。

その女にフルコミットすることが大きく負に作用して、人生の恋愛部分を大きく狂わすとのことです。

一人の女にフルコミットしてしまうと、執着して執着して頭から離れられなくなり冷静な判断力がなくなり、女に好かれたい認められたいと顔色をうかがい始め、媚びるようになって非モテ臭が漂い始めるのだ、と。他のことなど手につかず、気もそぞろ。あんなにカッコ良かったのにとてつもなくダサくなる。

優秀な男性が堕ちていくのも、金か女です。

人気を集めている恋愛工学では、「だから非モテを回避するためにいろんな女と付き合うべきだ、一人にコミットしないようにするためにね?」

リスク分散的な考え方、一人に絞るのがいけないんだ、と。

これが唯一の解決法だと言われています。

僕の立場ではこのやり方には全く賛成ではありませんが、

非モテの心理的構造や、その弱々しいマインドでダサい男が作られ、非モテになってしまうのだよというその“原因“は、概ねその通りだと思います。

原因はマインドセットにあり、精神的に強い男は、「好きだけど、執着しない」というバランス感覚を持っているのです。

 

恋愛において、誰かを好きという自然な感情があるのにそれに従い「好き好き好きー」と突っ走ると大失敗する、そういう矛盾が存在するところが本当に難しいところです。

客観的に見るといやいやそりゃキモイだろとわかるのに、僕ら人間は知らず知らずに執着してしまう生き物です。悲しいかな。。

気持ちが強いほど、たとえば好きであればあるほど手放せなくなります。「執着してしまう」。

特に女が関係してくると、この気持ちがかなり強力に働きます。好きな人を、誰にも渡したくない!。

恋愛工学は非モテコミットによるこの矛盾を、「好きになり過ぎないように気持ちをコントロールしながら、好きにならずに好きにならせる、冷徹なゲームに徹する」という苦肉の策で解消しようとしました。

好きな女なのに、好きになりすぎないようブレーキをかけながら、(他の複数の女と付き合いながら)恋愛していく、と。

しかし、ぼくはマインドセットを正しい方法論で着実に強化することで「好きだけど、執着しない」という絶妙な境地に到達できるのではないかと考えています。

人間にはそれだけのポテンシャルがあるはずだと。

これは、マインドセットをイノベーションする、と言い換えてもいいでしょう。

弱い自分からの脱皮を繰り返し、昨日の自分ではない今日の自分、今までの自分ではない新しい自分へと革新できれば、そんな細かいことに囚われないですむのではないかと。

人間関係しかり、自分の失敗しかり、昔の女しかり。

これらは、事が過ぎて冷静になって考えると、何でもないことだったなー、と振り返れる出来事ばかりです。

これを、自分を革新し、アップデートし続けることで、そういうマインドの誤作動をできるだけミニマムにすることで、未然に防ぎ、ロスなく人生を謳歌できるのだと。


これは、もっと細かく見ると「執着」をどう定義するかによっても話がだいぶ変わってくるように見えます。


フルコミットすることで、爆発的な結果が出ることと、フルコミットしてもどうにもこうにも自分でコントロールできないことの2種類があるような気がします。

サッカープレイヤーになる、起業する、健康体を手にいれる、などは、片手間でできるようなことではありません。すべてを集中して、それプラス生まれ持った何かや、そのときのタイミングや運などがはまったとき、結果を生む。

やりたいこと欲しいものを犠牲にして、すべてを目標に捧げて、ようやく確率が上がる事柄です。

逆に、過去の栄光や失敗、人間関係など、そんなの執着してもどうしようもないだろ、ということもあります。

何の変化も向上も生まない。

そういうどうしようもない種類のことは執着して最大限フルコミットしても、事がちっとも進まないばかりか精神衛生的にもすり減ってどんどん消耗します。

人生が前に進まなくなる、のです。


今回は便宜上、後者のどうしようもない方=「執着」とおいて以下の話を進めていきましょう。


恋愛はどちらでしょうか?

女にメロメロになることでキモいストーカーになる男もいれば、

不思議なことに好きな女がいるからこそ何倍も力を発揮するプレッシャーに強い男がいるのも確かです。

前回も言及しましたが、恋愛関係も広い意味では人間関係の一部分です 。

人の心は直接コントロールできませんから、人間関係はどうにもならないのも当然、思い詰めれば思い詰めるほど、そこで苦しむ人もいれば、

スピードもあっという間に、質的にも充実した関係を、巧みに自由自在に、好きな人とだけ築ける人もいます。

そういう人を見ると、人間関係って、どうにでもなるんだなー、楽しいだろうな、と感じさせる人もいますよね。

そんなふうに、一般的に悩み多いカテゴリの人間関係の枠でくくってみても、成功する人と、失敗する人がはっきり分かれるのです。

真剣に考えて、決断して、時には関係性をバッサリ切りながらも、明確に充実した交友を作り楽しむ人もいれば、考えても考えても、上手くいかず、鬱になる人もいるのです。

どちらもよく考えたし、必死だった。けど、結果に大きな差がつく。

恋愛も一緒で、うまい人は自然体でバンバン成功するし、下手な人はどんなに頑張っても報われません。。

フルコミットして好みの女を確実に獲得する男と、フルコミットが非モテコミットで終わる男。

同じカテゴリのなかでも結果が一律ではないその理由は、実はマインドでした。


それゆえ、過去の○○に執着すると、何かを変えることは不可能なのです。

マインドが後ろ向きだし現実がそこに無い、つまり現実を生きてないのだから。

さらに嫉妬や依存の人間関係は、マインドが腐ってるから、もちろん何のプラスも生まない、因果応報なのです。

ダメな方の執着は、マインドに確実にマイナスに働き、

益になる執着は、モチベーションにも達成感にもなり、実力も着けてくれるのでできる男こそこれを経験しています。マインドの肥やしになる執着です。


「執着」の真相はマインドの純粋さと、それによるフルコミットとしての集中度なのです。

そして、マインドの土壌が整ったらフルコミットという気持ちの領域を、的確な行動へと落とし込めるかどうか、にフェードが移り、その「気持ちー行動」の間を精度高く埋められるかどうかの問題になります。

一方、逆にも当てはまりますが、フルコミットしたつもりでも、マインドが腐っていれば、フルコミットに比例して結果が出るはずの、仕事やスポーツや芸術の分野においても、結果はついてきません。

「金持ちになりたいから、野球選手になりました!」みたいなやつの動機が間違っていて、スタートからつまづいているのと同じです。

逆にみれば世の中のほとんどの人がつまづき、もがき苦しみ、縛られる人間関係も、「気持ちー行動」の正しいアウトプットがあればを好転しないことはない。


結局、執着して結果を出やすいカテゴリ分けが存在するわけではなく、気持ちの問題、マインドセットが全てで、成功を左右していたのです。恋愛もそう。

恋愛も、フルコミットで成功できないものではありません。強いメンタリティと、絶妙なバランス感覚が伴ったときフルコミットは物凄い力を発揮します。

嫉妬とか、虚栄心とかとは異なり、仕事·恋愛·自己実現は執着してフルコミットして初動の勢いを上げておく必要があるんですね。

あとは、行動へのパイプを正しく渡してやることで、結果は自然と着いてくるでしょう。

世の中で人から羨ましがられる成功者、僕らがあんな人生を歩みたいなと思わせる人々は、好きなことを全力でやりながら、思うがままに願いを手にしてるように見えませんか?

事業も上手くいって、キレイな彼女を連れながら、最高の友人に囲まれて、経済的にも精神的にも、充実してるように、見える。

そういう人がモテるのは言うまでもありません。

好きなことに突っ走っていいのです。(※突っ走る当人のマインドセットが成功不成功を担保することを再度強調)

そういう猛者たちは、恋愛においても、狙った美人を確実に落としています。

あんまりタイプじゃないけど、んー、行っとくか、といって自分を安く見積もるようなことは決してしません、自分が納得した好みの女を全力で獲りに行くのです。

好きな仕事で成功し、好きな女を落とす、

好きになってフルコミットすると、大失敗する理論に当てはまらない人々が、不思議なことにいるんですねー、

フルコミットが、全て非モテコミットになるわけではない。

好きで好きでたまらない女が、他の男と話してるだけで嫉妬するような執着男、好きな女に、束縛メッセージをLINEで一日に何度も送りつけるような執着男、気持ちを勝ち得るために下から見上げて媚びるような態度をとる執着男は、

恋愛工学で言うところの非モテコミットで、ダサい執着男なのでしょう。

でも、好きな女にも媚びないし、そんな女の前でも堂々と男でいる、

「好きだけど執着しない」男も確実にいます。

好きだと、空回りする男と、大好きでこそ全力が存分に発揮される男、

もう一度強調すると、フルコミットを正しく行動に落とし込むことができるそのカギがマインドセットなのです。

そこに、いろいろな女に手を出す分散戦略は不要でしょう。

それは恋愛だけに限らす、生きていれば必ずそいつの器が透けて見える瞬間が幾度となく訪れますね。

どういうマインドで、飯を食い、筋トレし、女を口説き、タスクをこなし、営業に出るか、で結果に差がつきます。

そして端からも「これじゃモテないな」とか「こいつはスゲエモテるな」とか判別されるのです。 

これは本当にそうです、「食べる」だけでもモテ非モテはわかります。

例えば二人の男がいたとしましょう。

スタバでおしゃれなサラダと、美味しそうなケーキを今にもかぶりつこうとしている二人の男がいるとしよう。だって、二人とも甘いものが大好きなんだもん。

実は、これは最近見た光景である。

奥の席にいる男Aは、品もなく、乞食のように、むさぼっている。その様子は、スタバに似つかわしくない男だ、スタバに来るぐらいだから金あるのだろうが、どう転んでも非モテだ。

その非モテマインドで以って、ケーキに非モテコミットしていたのだから。

「このケーキは僕のものだ、、、やっとありつける、、へへ、、ガブッ」

依存していたのだ、彼は、ケーキに。

一方、窓際に座って外を眺めながらケーキを食べている男Bは、ジム帰りだろうか、落ち着いて堂々としている。ケーキが大好きだけど食べ方にも、品があっていい育ちが垣間見える、彼は、純粋にケーキが好きなのだ、子供のような屈託のない笑顔(^-^)で平らげた。


好きかどうかの度合いは、非モテコミットとは全く影響しない。

好きだという気持ちにブレーキをかける必要はない(言うまでもなくどんな状況下でも冷静さという資質はモテの中に存在している)。

好きでありやっている、と

執着してやっている、は

全く別の回路で動いていて、全く異なるモチベーションにより動かされているからだ。

全く別の路線を走っていると言ってもいいだろう。

そして、行き着く先結果も当然違う。

「好きだけど、執着しない」

ということは、成立するのだ。

 

好きだけど執着しないバランス感覚の、カギとなるマインドセットはどういうものでしょうか?

そのマインドセットを持つためには、人はってなぜ執着するんだろう、その理由を知り、それと逆のパターンを習慣化すればいいのです。

今のところ、僕は二つに大別できると、考えています。

1.色々なことに忙しくある

2.真のフルコミットと引き際の哲学


現代人は、とても忙しいですね。

「忙しい忙しい」が口癖で悩みの種ですが、仮に時間が余る生活、自由が増えれば、人のQOLは向上するでしょうか?

忙しいタスクがなくなれば、幸せになれるでしょうか?

これは、NOなのです。

自由があっても、人はそれを生産的な活動へと振り向けることは出来ません。テレビやネットや、愚痴の井戸端会議などに使ってしまい、時間の浪費になるだけだからです。

テレビやネットなどの余暇は、人生のスパイス程度で、人間活動の主軸にはならないのに、その余暇時間が増えてもなんらQOLは向上せず、幸せに寄与することは1ミリもありません。

これは、社員に自由な時間を与えても、マーケティング調査や、新しい企画の提案、業務改善などに独自に主体的に携わる社員などほぼほぼ皆無であるのと同じです。

人々は自由を使いこなすことなどできない、往々にして手にいれた自由は単なる無駄に使われるか、害となって自分に返ってくるのです。

非モテコミットがまさにこれで、ようは暇だから考えてもどうしようもないことをあれこれ考え、大したこともないしようもないことを拡大に捉えてあわわ(;´゚д゚)ゞしてしまう。

これは、要はリソースの問題です。自分が割ける時間やエネルギーは無限にあるわけではないので、どうしても優先順位を付けざるを得ない。

そして、それに見合ったものを分配する。

必要十分だが、余計には当てられない、そんなギリギリのラインで予定を回していかなければなりません。

やるべきことはたくさんある、しかし各々において結果を出して実力を示さなくてはならない。

そういう制約のなかで集中して、そして、次へ次へ、と切り替えるとき、どうしようもないことに執着は出来ないはずなのです。

下らない人間関係や、面子の維持に、全力をかけたがる人が成功できない理由は、その行為自体も不毛ですが、いざ肝心なことをやろうとするときそこへ注ぐのリソースが全く残っていないことでしょう。

一度どうでもいいことに力を振り分けてしまったら、ランニングマシンの上で延々と走っているようなもので、進みたい方向へはちっとも進まないのに、消耗は激しいから、苦しいだけなのです。

まさに苦しい非モテコミットです。

ねえねえ、早くそこから降りたら、と僕は思う。

降りて、しっかり地に足着けて、大地を踏みしめながら一歩一歩踏み出すべきなのです。

でも、なかなかその現実に気づいて、マシンを降りることを思い至る人は多くない、

だからこそ、忙しくあるべきなのです。どうでもいいことに執着する、そんな暇なんかねーんだ、と強く自覚することが、煩わしい執着を切り捨て、執着という魔物から解放される手段です。

忙しさにもその状態や質において有益なものと有害なものの二種類があります。忙しさをコントロールしながら予定を回すことと、忙しさに追われることは全く違う、と前置きしつつも、

しかし、世の中見ればわかるように、成功者はだいたい忙がしい人ですね。

売れっ子の作家や、会社を何社も経営する実業家、海外を飛び回るアーティスト、多方面から引っ張りだこの俳優などなど、

彼らはやるべきことが多い。だから、たった一つのことにいつまでもいつまでも執着がしないのです。

キレイな女がいても、決したダサい非モテコミットはしません。手を尽くしたあとは天に任せ、仕事や趣味やトレーニングや勉強に打ち込むからです。

さぁ、次へ次へ、なんですね。

人生がそういう充実的な活動で満たされている限り、人生は前に進むし、フィードバックからまた活力を得て、ステージも上がっていくんですね。

忙しさは、情熱的に成功の階段を上がらせてくれますが、

暇になったり、無駄な執着心が少しでも生活に滑り込むと、浪費し始め興味やモチベーションなど建設的な動力がどんどん奪われていくんですね。

満足できる仕事や活動がなく、日々ボーッと活きてるのに、急に美女に出逢ってしまっても、自信をもってアピール出来ないでしょう。その場になってダイヤモンドのように輝けるはずもないのです。

平凡な日常に舞い降りた天使を見て、入れ込んでしまう非モテになるのは火を見るより明らかです。。

細かいことなど気にできないくらい、忙しい環境に身を置きましょう。

能動的な忙しさは、強いマインドを生みそこからモテが回り出すのです。

長くなりましたね、2.については、さらに深堀したいと思います。

ということで、続きはまた^^