モテるのは、マインドセットがすべて、それを証明しよう。

恋愛解明ゲーム、そしてぼくは人間になる。

決定的にモテないイタイ男の心理ー「媚びる」

さて、今日はイタイ男について考えてみましょう。

いつも言っているのですが、「イタイ男」というおもしろい生き物、これも実は一種類に決まるわけではなく何パターンか存在しています。そしてその中でも今日考えたいのはテーマでもある「媚びる」男です。社内でもどこでも平気で上司に媚びてゴマをするような男を僕らは目にしてきているでしょう。「なんてダサいんだ」と正常な男なら自然反応的に嫌悪するでしょうが、実はこの生き物は世にあふれているのです。

媚びる人間は男女問わず、周囲の関係者から嫌われます、これは言うまでもありません。しかし、古今東西使われてきたこの手段も、男女で比較すると、媚びる男のほうが圧倒的に嫌われます。誰から嫌われるのか?ほかでもない、女からですよ。

女が嫌う男を細かく分析すると、ある一定の方向でカテゴリ分けできますが、男の弱弱しさが原因で飛び出すイタイ態度は、かなりのパンチ力で嫌悪されます。女々しさ、自慢、などの種々の非モテ性質はつまるところ精神が弱いからですよ。頼りない、情けない、という表現もすべて根っこは同じなのです。

僕ら男は本来的にグループを作ってつながりを持つ、そしてその関係性から感情的な満足を得る性質・必要性はあまりありません。せいぜいビジネスのためになんらかのグループを作るにすぎませんが、それも「ビジネスのため」という条件付きであって精神的満足充足は別に求めてない。グループを作りたがるのは女の性質なのです。だから、男は周囲の男に嫌われてもいたって平気です。だからこそ、そういう手段を使ってのしあがっていっても全然平気という下品な成金は意外と多いのです。

ところが、女から嫌悪される、これは男にとっては相当イタイ。男にとって女とは生きていくのに必要なものです。空気や水と同じくらい大事です。

堅物の哲学者も、結婚はせずとも愛人は常にいました。そして、非モテのキモオタも現実には恋愛していないようでスクリーンの前では二次元のアイドルに入れ込んでいるのが実情です。まったく、男は女がいないとどうもダメなんですね。

媚びる男が金を稼ぐうえで成功したとしても、同じその媚びる本質は女からはドン引きの最低な性質なので「金持ちなのに恋愛ではまったくダメ、キモイウザいと言われてもう死のうかな」というカネ・オンナの反比例が発生します。経済力があるから自信があるのに、その鼻をバキーンっとへし折られるわけですよ。自信があった分、女の拒絶は相当なダメージです、そして訳がわからず明後日の方向へ頑張る。

これが、イタイ男です。

世に溢れるこういう男たちは、実はそういう下層に位置している特定の人々の集団を指すわけではありません。まあ見方によってはそうなんですが、本質的に言うと人類なら誰もが持つ心の弱さ、男がみな持っている「媚びる」という性質、こう言ったほうが現実を反映しています。そうです、つまり誰しも媚びる恐れがある、その弱さがぼくらに内在しているという事実に目を向けなければなりません。これはわたしもそう、あなたもそう。

努力を怠った、マインドを侮った瞬間、イタイ男になってしまうのです。

 

それゆえに!

今日は「媚びる」という自分の内に住む弱さを撃退する方法を学びましょう。

では、ここから!

 

 

 

自分が金持ちか金持ちではないかにかかわらず、すげえ人の前ではなんだか怖気づいてしまう時があるあるでしょう。これはごく自然なことです。この「すげえ」がルックスの造形なのか、体格か、ステータスか、学歴か、その要素は様々ですが、いざ相対したときそういう恐れ、不安、敬服などの感情が発生します。だからこそ、シグナリングが効いてくるわけです。ゆえに、すげえ美人の前ではどんなイケメンや金持ちでもなんだか見上げてしまって取り入ってしまうという、なんとか気に入られたくて媚びてしまう、そういうメンタリティがひょっこり顔を出すことがあるかもしれません。しかし女心というのは不思議なものでどんなに男の動機が純粋で善意があったとしても「媚びた」瞬間、キモッ!となります。これは大問題です。ここをサクッと解決し、スマートさを維持すべきなのです。

歴史的に見て「媚びる」の語源は女と深い関係があります。「おんなへん」に「眉」、これは女が男に取り入るために眉を動かして愛想を振りまくる様子から、媚びるという意味の言葉ができました。歴史的なのですから、どの時代でも安定して用いられた女の戦略で、つまり男を振り向かせる、アホな男をしとめる手段でした。太古の昔から、これは女がリーサルウェポンで、男をコロッと絞め殺すたいへん有効な手段だったのです。歴史の淘汰を切り抜けたこの手段、男はイチコロです。これはある意味女という生き物の性質だからしょうがありません、だまされる男が悪いのです。

ところが、この「媚びる」という方法を男が使いだすとこれはイタイ、本来男の本質にないシステムなので、「男らしくない」のです。女々しいという言葉もそうですが、同じ行動でも女がすると常套手段として普遍化し、男がすると評価がガタ落ちで一発で非モテになる、こういうのは非常に多いのです。男女ではこんなにも、社会の許容度に雲泥の差が生じるのですね。女がすると「まあめんどくせーな」で済むことが、男がするとマジでイタイのです。日常の一コマ一コマに目を凝らすとそういうシチュエーションは意外とたくさんありますよ。

さて、媚びるというのが生物が生き延びるために必要な戦略だとしたら、それは否定されません。あらゆる手を使って生き延びそして子孫を残すという目的を果たすこと、それが生物、これがいわば進化生物学者たちのとる立場です。その立場から言うと媚びるというのも単なる戦略の一つ、その有効性が認められれば媚びる生物が増えてくるのも不思議なことではありません。

しかし、ここに予想通りに不合理な男女の登場です。

既存の経済学でも脳科学でも、こういう戦略的に「正」とされることをなぜか避けたがる人間の心理をどうにか意味づけしようとしますが、なかなかうまくいかない。なぜ男の「媚びる」ことをダサいと脳が認識してしまうのか?男が女に媚びることが有効に作用しないのか?その大きな事実が横たわっています。

往々にして「どんな手段を使っても目的を達成する」思想は失敗するのを歴史的にも身近な人間模様の最中にもさまざまな実例をぼくらは見てきました。このようなマキャベリ的な戦略は短期的には確実に何らかの実利を得ることができますが、長期的に見ると非常にでかいマイナスが発生し、大損をこくのです。サブプライムローンしかり、嘘つきオオカミ少年しかり。

やはり、プロセスが大事なのです。

女の前でホラを吹いてありもしないスペックアピールしても、その瞬間は自己満に浸れるかもしれませんが、ゆくゆくは化けの皮が剥がれ、手に掛かりかけた女からの羨望や築きつつあった己のプライドを大きく失うのです。結果を求めてうそをついても結果は得られない、それはプロセスを蔑ろにしたからです。「欲しい欲しい」ゆえに我慢できない、プロセスを大切にできない、現実を受け入れられない、まさに、七つの大罪の「強欲」じゃないですか。そういう人間が何かを成せるわけもないのです。

「どんな手段を使っても」思想だと、必ずローリスクハイリターンのショートカットを人は選ぼうとします。必ずリソースの有効活用をねらいそのすべてを合理的に処理しようと人はします。じゃあそのルートは有効なのかというと決してそうではないということが言えてしまいます。なぜなら、それOKとすると、ドーピングして得た世界新記録が”正”となってしまうからです。どんな手段を使っても、なのだから。数多の研究は我々はそこまで合理的に生きれないことを示唆しています。この、手段を選ばずショートカットに対して人類が嫌悪感を感じるのは、それが人として歩くな道ではないからでしょう。ぼくはそれが古来から人間の奥深くに埋め込まれているのだと思うんですよ。人間はどこまで行ってもそういう感情の生き物、そして往々にしてなぜか合理的ではない選択を意図的に、そして好き好んでしています。ぼくはこれをとてもすばらしい人間システムだと思っています。

ぼくらは情けない近道ではなく、常に堂々とそして強気に王道を行かなければいけない。男は男らしく、そのプロセスをしっかり通って、それでいしっかり女のハートをつかまないといけない。

その文脈でいうと、「媚びる」という手段は意図的かそうでないかにかかわらず、また動機の良し悪しに関係なく、禁じ手なのです。男らしくない、王道からも逸脱していて、人間的にダサく、男としてイタイのです。目の前に欲しいものがある、あ~欲しい欲しい、そして自分をかなぐり捨てて悪魔に人生を売り飛ばしても、得られるものは何もない。それを強く強く意識しないといけません。

冒頭でも言及しましたが、女は人間関係につながりを求め、そして安心とか愛情とかを男に対して求めます。それを必死に探し心から渇望しているのに、寄って来た男が必死に媚びて媚びて下から見上げて来たら、こんな男のどこにトキメキやヤスラギを見出せばいいのでしょう。一発でイタイ男と認知する、当然の帰結です。

そういう乙女心をまじめに観察すれば、ぼくらがどのように彼女たちに接すれば、彼女たちに気持ちよくなってもらい、逆に僕たち男自身が堂々と女を口説き、恋愛フィールドで生き生きと活躍できるかなんてすぐに見えてきます。すごい美人を前にして、ちょいと心臓バクバク、呼吸が止まりそうで、足が竦んでしまったときでも、そんなぼくらの症状とは全く関係なく、「いい男に出会いたい」、「トキメキたい」、「好き♡」という女のもろもろの感情が恋愛フィールドで回っているのですから、解はたった一つで、媚びずに男らしく口説くというシンプルな動きの実現に他なりません。

これは言うほど簡単ではありませんが、『言うほど簡単ではないがそれしか道がないのだから、実行するだけ』という成功法則は世の中に溢れていますから、実現するためにマインドを強化しなければなりませんね。

 

このご時世「男らしい」という言葉はどれだけ反発を食らうのかわかりませんが、正直に言うとこの概念の深い意味にモテる秘密が隠されていると思いますし、そうあるべきとぼくは心から信じているんですね。役割理論で語られるように、人は何らかの役割を担当するべきでそこから自己実現や社会貢献の道が見えてくるわけですが、この役割がズレていたらゆくゆく実現できる自分もズレた明後日の方向に行ってしまい、貢献できる社会つまり自分が関わる人々の集団も自分にとって居心地の悪いストレスフルな環境になってしまっていることにいずれ気づき、なによりそんなものを延々と演じている自分がイヤになるでしょう。

男であるのに男らしくなれない自分がイヤ、モテたいのにずーっと非モテの自分に疑問、これでは鬼苦しい。

ジェンダーフリーだ!草食の時代だ!といわれようと、男は男らしくというのは、とてもとても価値の高いもので、こんな時代だからこそ自然と差別化が効いてくる、とてもとても希少なものなのですよ。

経済学でいうところの分業ですが、本来男と女はあらゆる方面で分業です。男には女が必要、女には男が必要、それは身体的にも精神的にも生物学的にも感情的にもそうで、ぼくたちが日常生活で強く実感していることです。モテる男には、心の美しくしぐさが可愛く優雅でどっしりと男を支えられるそういう女がどうしても必要ですね。それなら、そんな女が欲するものを用意し与えられる男でなければいけない、なにせ分業なのですからフェアでなければいけない。まずは「男らしさ」からですよ。自分らしさの前に男らしさだろ、世の男たちよ、と思うわけです。

男らしさを突き詰めていった者が、自分らしさの個性も持っていて、そういう男の周りには例外なくいい女がいる。なぜなら「男らしい」から。非モテとはそんなシンプルな答えで脱皮できるしょうもない悩みなんですよ。( ̄ー ̄)ニヤリ

 

やじろべえ。

 

PS.Twitterでもつぶやきましたが、やはり、個人の成長・脱皮、には、まず勉強、そして個々人が応用・試行錯誤、これに尽きます。「質のいいものを大量にINPUT」を合言葉に勉強していきましょう!

質問・意見も大歓迎、読者登録・いいねも大好物、みんなどしどしコメントしてくれよな!

 

 

===============================

質問やコメントがあるとたいへんテンションが上がり、筆がサラサラすすみます、はい。

気軽にコメントしてください。

ご意見「いやいや、そのシチュエーションではこうでしょ」とか要望「ここんとこ、いまいちよくわかんないっすよ」とかあればコチラまで。

▶▶メアド;dekiruotoko2015@yahoo.co.jp

▶▶Twitter;https://twitter.com/dekiruotoko2015

フィードバック出来るものは、テーマとして扱えます。

引用や転載も大歓迎です。その際は出所はしっかり明記してもらえると大変喜びます。

=================================

 

ストーリーテリングーいわゆるコミュニケーションの根幹を理解する。そして女は魅了される。

このブログの読者の中でどれだけビジネスをやっている人がいるかわかりませんが、現代はとくに言葉を駆使してビジネスをやる時代と言えるでしょう。ネット時代にこれはとても重要なウエイトを占めていて、言葉で人を動かし成約させる、コピーを書くライターはここをひたすら研ぎ澄まします。売れっ子の作家は人を引き込み感動させ印象を残すストーリーを構想し紡ぎだす。最近はnoteでコンテンツを売る人々も増えており、Twitterで多くのフォロワーを持つ人などは大きな影響力を持てる。このすべては言葉の使い方のプロフェッショナルなわけです。youtuberなんかは文章を使ってないじゃねーか、と思われるかもしれませんが、結局彼らもコンセプトを考え、他のyoutuberとカブらないように差別化を考え、独自の脚本でカメラの前で自己表現をしないといけない。つまり、ストーリーを組み立てる知性や思考がなければバズることもなくネット上のゴミで終わってしまうだけなのです。そういう意味ではテーマでもあるストーリーを作るべき時代なのですよ。

ストーリーが人間に与える影響を考えると非常に興味深いものがあります。

コピーライターがまず学ぶべきレターであると言われるウォールストリートジャーナルのDMは、まさにあのDM自身がストーリーテラーであったわけですよ。

http://bit.ly/2t34f1Q

(誰でもコンサルタントさんのサイトから引用)

このDMにはセールストークにありがちな、うちの新聞のどこどこがすごい、これを読めばあなたにどんなメリットがあって、みたいなことを直接的にうざいセールスをしたわけではありませんでした。ストーリーをひたすら語りかけ読み手に新聞購入と未来の自分をイメージさせ、そのように独自のストーリー観に彼らを引き込んだのです。まさにストーリーが心を揺さぶるという作用を利用し、最終的に多くの読者を獲得しました。

物語にはそれだけ人の感情にダイレクトに触れ、動かす力がある。それも、イメージとしては外から圧力をかける形ではなく聞き手の琴線に触れたあとに自発的内発的に行動を促す形式です。まさに北風と太陽ですよ。僕らがやるべきは太陽になっていかにして人を内側からインスパイアして物事を動かすかということ。

上質な小説は人々の心をつかんで離しません。そして文章好きはその作家の強烈なファンになり、その作品に陶酔します。

実力のあるコピーライターのセールスからはとてつもない売り上げが立てられます。そのライターと会ったこともない、その商品を手に取ったこともない、なのに思わず「クリック」してしまうのです。

これらはすべてストーリーテリングの力です。

コミュニケーションの目的は、言いたいことを言ってドヤ顔するわけでも、懇願して同情を買うわけでもありません。ストーリーを一つ一つ丁寧に紡いで相手の心に届ける。これこそがコミュニケーションのひとつの役割で、そこには職人技が求められます。

「モテる」という現象もこのストーリーの効果である程度説明出来ます。一緒にいて楽しいかどうか?これは女子にとってはとても大きなファクターです。第一印象の、次のステップです。この段階で、女は無意識に男を篩にかけています。

「 美人は三日で飽きる」の言葉通り、この理屈は女の男選びにも当てはまります。話がつまらない、一緒にいて退屈、こういう男は多少顔がよくても結局徐々に苦痛になってくるわけで、この男は楽しいかどうか?機転が利くか?よく気付くか?筋道立てて会話できるか?人を楽しませたいというサービス精神があるか?そういうところを女子はつぶさに見ていて、無意識に男をテストしているのです。

つまらない人間、商品、イベント、書籍、そこには人が集まらない。これで淘汰されていくのが自然の摂理ですよ。だからそもそも人間的におもしろい、それを十分に発揮する、その過程でストーリーという形でコミュニケーションをとれるか?これはビジネスにとどまらず様々な分野でのキーになります。

 

 さて、ストーリーを語るとき避けては通れないのが、まず、「神話の法則」です。これは、神話学者ジョゼフキャンベルの神話研究において膨大な神話の中にある共通要素を見出し、神話および物語のおおまかな骨格を提示したものです。そして人がワクワクするストーリーはだいたいがこのステップに沿って描かれています。スターウォーズでもマトリックスでもミッションインポッシブルでもそう、すべての映画・小説はほとんどそうなのです。その骨格というかステップは、冒険への誘い、強敵との遭遇、主人公の成長、苦難の克服、そして帰還、で構成されています。

Amazon CAPTCHA

それらの各要素はある一定の流れの中で、それぞれ見せ場、布石とした置かれていて全体的に非常に生き生きストーリーは紡がれていく。この波に人はとてもとてもワクワクするのです。

 そして、ストーリーにはもう一つ注目できる点があります。多くの作家が使う小説の書き方の手法として、面白いキャラクターを想定して、そのキャラの周りで起こることをイメージしつつアイデアを膨らませていくやり方があります。結局面白いキャラなら、面白い人生を生きるはずで、平凡なキャラならそれなりのつまらない人生しか歩めないのは物語の世界だけでなく、僕らが生きるこの社会でも同じですね。おもしろいストーリー上には、そういうキャラが立った主役が必要なのです。

僕らは女性と話す際、それなりに楽しんでもらいたい、「あの男との会話はあっという間だったわ」と思えるような彼女たちの心にキラキラ残るような会話をしたいと思います。しかしそれはお笑い芸人のように必死に笑いを取りにいったり、一目おかれたいと躍起になってうんちくを語る訳ではありません。

なぜなら、会話は補助でしかないからです。

ここ、重要です。赤ペンで印つけてもらいたいぐらい、重要。

もっとも力を入れるべきは、安定感というか雰囲気であって生物学的な男の強さだからです。ベラベラしゃべるやつはなんかしょうもない、マインドが不安なやつほどよくしゃべるというのは万国共通ですよ。

圧倒的な強さと無理しないでもできる意味深い会話、この二つが結合して相当な色気が出るんですよね、マジで。

 

注意書きはこの辺にして、それを踏まえた上で論議を進めると、女性がつ.ま.ら.な.いと感じる男の会話は次の通りです。

(1)何を言いたいかわからない(話の起伏がない)

これは、「オチがない」と表現されますが、つまりコミュニケーションする上でのストーリーの骨格は、何か「話したいこと」があってそれを中心に話題が展開していく、または「話したい」主題を到達点に設定し、そこに向かって話を持っていくという方法です。作家の目の前には何か伝えたいぼんやりした或いは壮大なメッセージがあって、それを明確に形にする作業がある。それを達成するためにキャラを設定して細かい背景を作りこんで、メッセージを際立たせるために伏線を作って山や谷を作る。どうやったらそのメッセージが洗練された形で浮き彫りになるだろうか?そのために、冒険への誘いや葛藤挫折、修行、などのある意味でストーリーにおける凸凹を用意し、読み手を飽きさせないように工夫をするのです。

「感動したことがない人に、人を感動させることはできない」とはよく言ったもので、ストーリーや芸術の中でも、実生活においてでも、興味深いもの.美しいものに日常的に触れている人は会話の中でのメッセージが明確であり、山や谷を作るのが上手いという印象があります。

この「話したいことがある」というのは非常に重要で、多くの人にはそれがありません。このご時世だれでも手軽に発信できますが、いったい何がしたいのかわからないコメントや写真がフェイスブックやインスタで止めどなく垂れ流されているのは結局そういう原因で、発信者の側に中心に据えるべき「何がしたいか?」がないから、他人の真似事、芸能人のふり、で終了してしまう。こういう誰でも発信できて、経済的にもそれをうまく利用すれば一発逆転が可能、そういう恵まれたご時世でもコンテンツで飯を食っていける人は本当に少ない。書きたいことがないのに、ただネットで手軽に金を稼ぎたい、楽して不労所得、みたいな精神では、「あの男は何が言いたいかわからない」そういう人間ですから、金も稼げないしモテることもないのです。優れたセールスマンは自社の商品に対する愛があって初めて語りたいことがたくさん湧き出てくるはずで、心から自然にセールスできてそれが顧客の購買意欲に火をつけるのです。

もちろん、男がしゃべりすぎるとよくないですが、結局、何が言いたいか?、というのは言い換えれば、何に関心があるか?どこに焦点が合っているか?それが明確だ。ということです。「何が言いたいか」は「何が聞きたいか」と本質的には繋がります。だからこそそういう男がする質問は女が話したいと思っているポイントをズバリとツキ、話を十二分に引き出すことができる、優れたインタビュアなわけです。「あの人の前ではペラペラしゃべっちゃったわ」、というのはその場の雰囲気も作用しますが、目の付け所、質問の質、それらすべてが秀逸であって気持ちいいほど女がいい気分で話すのを誘導することができるのです。おもしろい人間はストーリーとしての掴むべき各ポイントを心得ているし、つかんだポイントを中心にストーリーを敷衍していくのがうまいんですね。  

 (2)自分の話ばかり、自慢とか。

こういうやつは、どこにでもいますね。端から見ると、なぜこういうアホは周りのシラケ具合を感知することなく、ペラペラと武勇伝を語るのかぼくらには全く理解できません。が、実はそれこそがポイントで、「周りを感知してない」「できない」というのが話がつまらない、一緒にいて苦痛、その諸悪の根元です。

つまり、他者に興味がない、自分が一番大事で自分だけうまくいけばいい、そういう利己的な精神がこういう武勇伝ペラペラ男の根底にあるのです。

他者に関心を持てば、そういう自己中心的なコミュニケーションの虚しさにはすぐに気づくことができるはずです。目の前の人はどういう人生を生きてきたのだろう?、どういう性格か?、何が好きで何が嫌いか?、どういう目標や野望があるか?、どんなタイプが好きか?、休みの日は何してんのか?、価値観は保守的かそれとも開放的か?、何をすると怒るか、悲しむか、人生で一番楽しかった思い出は何か?悲しかった出来事は何か?

それこそが他者と関わり、世界と交流する意味です。つまり、生きる意味なのです。もし、他者に興味がないなら、自然に帰り一人で仙人生活をするほうがよっぽどみんなのためになる。

小説家は、ストーリーの構想を練り、背景を設定し、キャラの雰囲気や思考や動作に思いを馳せます。まあ、細かな手法やスタイルは作家によって個性が出るでしょうが、「伝えたい強いメッセージ」があり、そこから時代や場所を絞り(フォーカスし)、さらにそれにハマるキャラクターを作る(フォーカスし)。そして話の各パーツが文脈通りの整合性がとれるようにして描かれていくのです。つまり、大きなメッセージは登場人物の生き様に還元されていくのです。

そう、結局、人。

小説の良さ、というか、書物を学ぶ意味は、自分が生きることができない別の人生を生きること、と表現されることがあります。その人物の生き方を通してその人生を自分も疑似的に体験できる。余談ですが書物に触れる人はこの蓄積がなされるわけですから後々効いてきて感性が豊かになっていくでしょう。この蓄積が自分の人生にフィードバックされて、ゆくゆくは自分の人生が豊かになるのです。人物から敷衍してストーリーを作り、そのストーリーがまた人に戻っていく、そういう風に人は成長し、時代は流れてきたのです。

他者の人生に興味を持つ、これは人として基本的なことで、僕らストーリーテラーは目の前の人々、特に美しいお姉さんたちの背景や人生や個性などによりいっそう思いを馳せなければいけませんね。つまらない男とは、美人に興味があるようで実は自分にしか興味がない男、「こんな美女の前に立ってるオレ、イケてる?」、そんなしょうもない男なのですよ。

この、女に興味をもつ、そしてその心にストーリーを届ける。これは、以前記事にした女心に安心感を持たせるラポール形成にもたいへん役に立つ概念ではないでしょうか。

bit.ly

やっぱり女はペチャクチャおしゃべりしたい生き物ですから、男の役割として気の利いたことをちょろっと言えたり、女心の普段言いたいけど言えない本音上手に引き出したりできれば、そりゃあ女は夢中になって追いかけて離れませんよ。

 

さて、話がつまらない男とはまとめると、

コミュニケーションにおいて「言いたいこと」がない、創意工夫がない、サービス精神がない、しょうもない男

そもそも他者に興味のない、利己的な男

そういう残念な結果になってしまいました。

こういう男はもっと残念なことに楽してモテる一発逆転の裏技を欲しがります。しかし、女との模範会話集のようなテンプレを覚えてもまったく意味がありません。そういうマニュアル人間として完全武装してデートに臨んでも女心のダイナミクスにアドリブ対応できず、いざ会話がスタートしても三手目、四手目、がさっぱり手詰まりでやっぱりつまらない男に真っ逆さまなんですよ。

 

ここでは、デートにおけるストーリーの重要性、持つべきストーリーの視点や思考を取り上げましたが、そもそも僕らはひとりひとりが我が人生の脚本家ではないでしょうか?自分が主人公になれない、場面が定まらない、ストーリーが描けない、これでは遅かれ早かれ人生が詰みます、だってそもそもつまらない人間なんですから。

つまらない主人公からはつまらないストーリーしか生まれないとは、さきに述べた通りですが、これではどう転んでもモテません。そういう意味で非モテとは、女からの残念なリアクション、強烈な拒絶反応以外にも、そもそも人生全体で現在地がマイナススタートなのです。

これが、モテるように頑張りましょう!モテることで人生が楽しくなる好転するから!というメッセージをひたすら発信している大切な理由でもあるのです。

 

ひたすら、周りに関心を持ち、イメージし、常に上質でクリエイティブなモノや人に接して、コミュニケーション能力を磨き、基礎を高め、面白い男になっていきましょう。

 

話がおもしろい人の周りには、自然と人間は集まってくる。

類友なのか、引き寄せの法則なのか、そこには法則性が見えます。

ぼくらも可愛いけどオチがなく話が支離滅裂、キレイなお姉さんだけど自分のスペックアピールばかりする、こういう「話がつまらない」女の話を延々と聞かせれるのはかなりしんどい。われわれモテるべくしてモテる男はこういう利己的なつまらない人間にならないように気を付けたいものです。

ぜひ、女性たちを魅了して楽しい生活を送りましょう。QOLを上げるポイントは、ここかも知れませんよ。

 

PS.ありがたいことにこのブログも、モテてやるぞという強い意志を持った将来性のある男たちの背中を押しているようで、うれしい限りです。

まいけるさんから、次のようなメッセージをいただきました。

「去年の6月に当ブログのストイックな男ほどモテることの証明を拝読し、それから一年近くストイックな生活を送り、かつこのブログで勉強を続け、ここ1ヶ月ほどで全く別人のように成長を実感しています。吸収が遅いのかなかなかすぐに結果を出すことができませんでしたが、長く続けてきてよかったです。感謝しています。」

自分の探求心や努力が、知らないうちに他の人の役に立っている、そしてかっこいい男を作るのに貢献できている、こんなうれしいことはありませんよ、ほんと。

これからも粛々とブログを続けながら、メルマガとかnoteとかでさらに手広くやろうかどうか思案中ですので引き続き励ましてやってください。

Twitterもやっとりますので、のぞいてみてください。

ではではー

 

※やじろべえ※

 

 

===============================

質問やコメントがあるとたいへんテンションが上がり、筆がサラサラすすみます、はい。

気軽にコメントしてください。

ご意見「いやいや、そのシチュエーションではこうでしょ」とか要望「ここんとこ、いまいちよくわかんないっすよ」とかあればコチラまで。

▶▶メアド;dekiruotoko2015@yahoo.co.jp

▶▶Twitter;https://twitter.com/dekiruotoko2015

フィードバック出来るものは、テーマとして扱えます。

引用や転載も大歓迎です。その際は出所はしっかり明記してもらえると大変喜びます。

=================================

 

「ブルーオーシャン戦略」を実行するマインドセットのパクり方

「ブルーオーシャン」とはビジネスでの戦略で、レッドオーシャン(赤い海、競争の激しい市場)からでいつまでも戦うのではなく、ブルーオーシャン(青い海、未開拓の新しい市場)を作り出しそこで自社の強みをセールスする戦略です。

当然未開拓のフィールドを持っていたら自分だけが一人勝ちです。そのフィールドで得た収穫は総取りですべて自分のもの。誰とも戦う必要はない、血も流れない、赤い海で必死に血を流しているライバル企業を他所に自分たちは青い海で悠々と勝ち続けることができるのです。

「ブルーオーシャン」として比喩でストーリー化される前から同様の経営戦略は「差別化」「ニッチ戦略」「ブランディング」などとしてずーっと昔から語られていました。

つまり、競争の戦略は「他とは違うすげえやつになれ」がセオリーです。

『他にはないけど、平凡』

『すげえけど、似たようなやつは他にもたくさんいる』

この両者はいづれは赤い海で真っ赤な血を流して死んでしまう。そういう死んでいった企業については、『ブルーオーシャン戦略』を書いた著者も、レッドオーシャンを意味する『競争の戦略』を書いたポーター先生も言及していて、赤い海で激烈な競争に消耗しきって沈んでいった数多の企業がある、これが現実です。

さて、ビジネス競争の概要はここまでにして、そのエッセンスを恋愛競争に持ってきてみましょう。これまで何回か言いましたが、モテるとは最終的に「女から選ばれる」ことを意味していて、自由競争において顧客は自由に製品を手に取り、試し、最終的にジャッジし、購入に至るのと同じです。レッドオーシャンで競争して血みどろになりながら勝ちを取りに行くのか、「他とは違うすげえやつ」になってブルーオーシャンで悠々と勝つのか、ビジネスでもそうであるように恋愛にこの視点を持ってくることが驚くほど役立ちます。

ブルーオーシャンと聞いて、誰一人競合がいない、競争がない、ゆえに楽をして結果を出すお花畑を探し出して一獲千金をねらうんだ♪と想像したとしたら、それは大きな間違いです。そういうものを考えてしまったとしたら人としてヤバいので恋愛で勝てないどころか人生全体でぼろ負けになります。だってそういう世界があれば誰だって行きたい。しかしそんなものはないのです。

ブルーオーシャンとは、楽チン市場を探し出す戦略ではありません、「作り出す」のです。そして作りだすには相当な勉強と実践の繰り返し、PDCAサイクルが必要になります。さらに作り出すという作業の前に、競争である程度もまれて鍛錬されなければいけません。そうやってある程度実力をつけてようやく資格を得る。だって、作り出すっていったい何を作るのか、箸にも棒にもかからないようなもんはビジネスにしても恋愛にしてもこの世には不要なのです。

ブルーオーシャンにしてもレッドオーシャンにしてもどのフィールドであれ、「ニッチを狙いながら差別化して強固にブランディングする」ためには価値(Value)を提供する意識は不可欠です。大原則として誰かの役に立ってはじめて認めてもらえる。

結局、「他にはない、すごさ」とは価値の質に他なりません。

その価値は何かといえば、「顧客の頭にある想像・感覚・価値観」です。だからこそ、そのように人々が考えてるものなど結局、相対的で定量化できない。マニアには喉から手が出るほどの高級フェラーリも興味のない人には単なる鉄くず。しかしこの興味のない人も、ガンダムのフィギュアにはお金を注ぎこむかもしれません。しかしぼくにとってはまったく情緒的価値を感じない、心揺さぶられないモノです。なんであんなものに300万も値が付くのか?全く理解できない。(フィギュアコレクターのみんな、ごめん。。)価値とは摩訶不思議で、人それぞれ相対的なものというのが実態なのです。

絶対的なものがないとなれば、世界一の完璧な何かを目指す必要はなくそれぞれフェラーリを作ってもいいしガンダムを作ってもいいしブログを書いてもいいし、モテを語ってもいい。それがゴミレベルであればニーズはありませんが「すげえ」モノであれば決して競合しません。フェラーリを購入しフィギュアをコレクションしてモテるための学習をしながらライティングの練習をしているなんて言うこれらの趣味嗜好が集合した人などなかなかこの世にいないからです。そう、戦わなくていいのです。いやいや、車は車で競合し、ガンダムはガンダムで戦うはずだ、という反論は承知していますが、もう一度価値は人間の頭にあるということを念頭に置きましょう。そのプロダクトの中には顧客がどこかしら価値を感じる部分があって、それが高級車なのかファミリーカーなのか、燃費の良いハイブリッドカーなのか、自然派アウトドア系なのか、それはまったくバラバラで、どこに価値を感じるか?その分布がバラけてきます。そして、それぞれを求める層が形成されてくるんですね。だからそのターゲットにあったニーズを機能性と情緒性に分けて構築することで微妙にターゲットがズレるので競争という概念はそこで不要になります。

構築と言いました、つまり「作る」ということです。

競争がなくなればはじめてそこに新たな市場ができあがり、ターゲットはファンと化すためブルーオーシャンが出来上がります。ここができればこっちのもんで、まったく戦う必要なんてないんですよ。

さて、恋愛市場でぼくらは誰かと戦わなければいけないのでしょうか?イケメンや金持や有名人やキャリアのある天才たちと実際に戦っているのでしょうか?これまでの文脈で考えるとそうでないことは一目瞭然でしょう。 そういう競争は存在していません、なぜなら競合しないからです。もし、金持ち競争やイケメン競争という彼らの土俵に進んで乗ってしまうバカなことをするなら、血みどろの敗戦です。しかしその必要は全くなく、むしろ女が求める彼女たちの「頭の中」にある価値、男の何に価値を感じるのかをしっかり把握し、それをもとに勉強とPDCAサイクルで自分自身の価値を再定義できれば自然と人々が集まってきます。もちろん美女もね。

これはいったい何の話でしょうか?

他でもない「モテる男とは一体何か?」という話ですよ。耳をカポジって聞いてほしいのが、世の中にいるすべてのモテる男は誰とも戦っていないという事実です。彼らの意識の中で「やばい、、今日はあいつに負けた」という感覚はまったくありません。彼らは、口説いた女の数を自慢したり、もっと美人を口説かないとオレは負けだ、という思考はありません。くそ、ブスのくせにオレの誘いを断りやがって、という卑屈な感情もありません。彼らは同じようなモテ男とも張り合わないし、美人な女たちと戦っているわけでもない。だからこそナチュラルに自分の価値を伝搬させ、人々をインスパイアし、女を魅了できるのです。

よく考えると、いちいち他人と張り合うやつというのは男女を問わず、自分がない人間です。だから、他人の活躍を僻み、他人の挫折を自分の勝利と思い込んでしまう。自分の中の競争において勝手に順位付けして、自分が一番の王様なのだと思いたい。ところが周りから見るとそいつはダークサイドに落ちているようで絶対に近寄りたくない存在です、これではモテどころではありません。いつも他人が基準だから心が不安定で、厳しいですがモテる男の根幹である「マインドセット」が腐っていると言わざるを得ません。

いい男というのは「立ってるだけでいい男」で、彼らはライバルが成功すればともに喜び、彼らから謙虚に学ぼうとするし、ライバルが失敗すれば躊躇なく助けを差し伸べることができます。こんなマインドを持った男から魅力が溢れないわけがありません。すべてに「余裕」があるのです。(※ライバルと表現しましたが、戦ってはいません。同志のような意味合いです)

輝いている男は例えればスーパースターのウサイン・ボルトのようだと言えるでしょう。はた目から見るともちろん決勝ラインに立った他の7人と競争している、そう見えます。観客はその競走を楽しんでいるわけです。しかし、ボルト本人が「こいうらに負けちゃいけない!」と不安に駆られた気持ちがグルグル渦巻いているか?と言ったら、そんなことはサラサラありません。彼が見ているのはゴールテープであり、これまでの世界記録を出したときのRUNのイメージであり、風向きを感じて、踏みしめる陸上トラックを感じているに過ぎないのです。彼の中では「競争・競合」の意識はありません、それは周りが、競争(「競走」)ととらえているに過ぎないのです。彼はいつもスタート前はおどけて、世界記録を出した時は少年のようにはしゃいでいます。人間的に「余裕」があるのですね。

そういうスプリンターの世界でもそうですが、恋愛においても男は、周りを気にしだすと一気に失速します。 急にダサくなります。だから、いちいちほかを気にするんじゃなくて自分のやるべきことをきっちりやる、毎日やる、これに尽きるのです。誰と戦っているのか?というと、陳腐すぎてあまり好きじゃないのですが、「自分と戦っている」ということになるのでしょうか。他者(他社)と戦わない、となると一切の戦いがなくなることを意味しているわけではありません。そういうお花畑を否定したのはついさっきのことでした。決してモテるあいつをぶち殺して上へ、という思想はナンセンスで有害ですが、別の何かに対して必死になって戦っていることは確かです。すぐに言い訳して逃げる弱い自分と戦っているのか、待ってはくれない時間と戦っているのか、はたまた非モテへと誘うプロパガンダと戦っているのか、いづれにしても常にぼくらは必死です。そして今日も満足できず、また走り出す。向上心の塊です。

Twitterでもつぶやいていますが、「モテる男にはそれぞれにモテの形がある」これは自信を持って言えます。そしてそのキラキラ輝く自分のカラーを武器に、ブルーオーシャンを楽しんでいる。「他の誰とも違う、すげえやつ」は実は誰とも戦っていない、このパラダイムを胸に刻み、勉強と実践を積んでいきましょう。

 

やじろべえ。

 

===============================

質問やコメントがあるとたいへんテンションが上がり、筆がサラサラすすみます、はい。

気軽にコメントしてください。

ご意見「いやいや、そのシチュエーションではこうでしょ」とか要望「ここんとこ、いまいちよくわかんないっすよ」とかあればコチラまで。

▶▶メアド;dekiruotoko2015@yahoo.co.jp

▶▶Twitter;https://twitter.com/dekiruotoko2015

フィードバック出来るものは、テーマとして扱えます。

引用や転載も大歓迎です。その際は出所はしっかり明記してもらえると大変喜びます。

=================================

 

 

禁欲はモテる?モテない?ーギャリー博士の明確な解答

お待たせしました。

今回は久々の、そしてみんな大好き禁欲の記事です。

なんだかんだ言ってやっばり禁欲の記事が一番人気がありますね。それは、この『モテマインド』でもそうだし、ネット上にたくさん存在するブログでもそうで、言葉は悪いですが中身がないような感想ブログでもかなりの「いいね」が付きます。これは、記事の内容の濃さや意義、情報の質ではなく、共に禁欲に励む仲間の動向からモチベーションをもらえるという役割を果たしているからです。

ニーズがあるということは、一定数のファンとなった読者は他ならぬその情報を強く求めているわけで、知ってか知らずか彼らが禁欲の力になんとなく感覚的に気付いているということです。しんどいんだけど、何となく調子がいい、事がうまく進んでいくと。

この感覚は間違ってなくて、その感覚とやらは実際に科学的に説明できるし、禁欲は男らしさと不可分の関係にあることはすでに明らかです。

人間成長のポイントは確かに淘汰圧の後に来る。脳科学的にも生体学的にも自己啓発的にもそうなのです。「苦しい」「しんどい」のあとに幸せの女神は微笑むのです。その段階をすっ飛ばしては得られるものは何もありません。

男らしさに一番ダイレクトに直結する、しかしとてもとても苦しいストイック。一番顕著に効果が現れる強度な負荷とは何でしょうか?

ネットの言葉を借りるとオナ禁です。そのどこからともなくやって来る、しかしかなり強烈なこの圧力をようやく越えたその先に、「男らしさ、高級な色気」という眩い祝福を女神がご褒美として授けてくれるのです。

科学的と言っていますから当たり前ですが根拠となる文献やデータやスピーチはいくらでもあります。オナキン強者には当たり前過ぎる話ですが、紹介しましょう。

logmi.jp

2012年のTEDトークです。

ポルノの有害性について、一連の実験と脳科学の知見を結びつけ人体の本来あるべき姿を解き明かしてくれています。

脳科学に限らず様々な人体に関係する実験や研究の見解は、必ず進化と結び付けて語られますから、古来の風習と現代社会の習慣、この二つの「相違」という文脈から現代人に適したライフハックの方法論が語られることがよくあります。

例えば、「砂糖の取り過ぎ」「炭水化物の食べ過ぎ」「運動不足」「睡眠の質」などなど、生活習慣にかかわる事柄です。

以前からぼくは「心技体」をバランスの良く充実させることを強調して、当然最重要なのはマインドセットだけれども「健全な肉体に、健全な魂が宿る」わけだから、身体が腐っていては精神を整える、決意する、目標に向かう、思考するなどあり得ないよ、と言ってきました。僕らが「あ~胸が痛い」と言うとき、それはもちろん脳の活動の結果ですから、ぼくらは先ずもって身体をケアするべきで、そのため「運動しましょう」と語られる自己改善は実は必要最低ラインなのです。

これだけ新しい発見が次々になされる脳科学の研究でも、「頭をよくするのは運動」という定説は、覆されていません。

hanachi87.hatenablog.com

「健康である」ということは言い換えれば「パフォーマンスを最大限に発揮することができる」ということであり、

「健全な肉体に、健全な魂が宿る」

という普遍の原則のもとに判断すれば、

『モテるのも「健全な肉体を持つ」ことで達成できる』

というアプローチが可能になります。

 

さて、現代社会に新しく登場してきたものは様々あって、それこそテクノロジーや文明の進歩に伴って我々はその恩恵を受けているわけですが、同時にそれらは「健全な肉体」を作るのに弊害となることも認めなければなりません。

例を挙げると、米を食べる生活。過剰な炭水化物の摂取が現代人の体をダメにしているんじゃないか?⇒なぜなら、石器人は狩りに出て獲物を仕留め食べていた、農耕が出てきたのはその後で、人間の身体はこの食習慣の変化に適応できていないのだから。そういう論理からローカーボの食習慣が新たに提案されてきた背景があります。大農耕時代こそが悪夢の始まりである、という向きもあります。

この根底にあるのは「古来から存在する人体の種々の機能の進化は、現代社会の変化に追い付いていない」という考え方です。

テクノロジーであれ食習慣であれ現代社会に登場してきたさまざまな道具や定着した習慣の一部など、それら元々ないものを無理くり持ってくるならばそれらはマイナスに作用してしまい人体機能がおかしくなってしまう。

まあ、ぼくはこの理論すべてにもろ手をあげて賛成と言うわけではありませんが、大方は否定しません。

・古代は獲物を仕留めて食う

 ⇒高たんぱく、低糖質の食事がよい(大昔はケーキなんてなかったのだから)。

・古代は狩りに出て行き獲物を仕留めっるために走り回っていた

 ⇒座ってばかりのオフィス仕事はダメ、運動して筋肉を付けろ。

・電気などない大自然での生活をしていた

 ⇒起きたらさっそく朝日を浴びて活動する、夜になったら夜更かしせず寝ましょう。

 

そういう「本来の姿」で生活することが健康である、というのがぼくの持論です。

現在ぼくは筋トレに励んでいますが、これも「古代人は毎日狩りに出向き、そういう生活の中でフルに筋肉を使っていたはずだ、だから元来人間は運動すべき生き物ではないか」という今考えてきた論理に沿って出した答えなので、忙しい中でも時間を割いてそうしているわけです。さてさてそれを踏まえた上で一つ注意しなければならない落とし穴があります。それは、

肉体のある男=魅了があるという単純な話ではない、

という事実です。

これは非常に重要です。

ぼくの観察では、

「これ見よがし」の「自意識過剰」

そういうマッチョも意外に多い。

彼らは「俺どう?」というガチで女が忌み嫌うの自慢、態度や雰囲気でまき散らしているんですね。うーん、これは同じ男からから見たら非常にイタイ(>_<)。

大事な大事な、自然さ、ナチュラルな男らしさなどすっかりどこかに消え去ってしまっている。そういう自意識過剰な男に対して言える一言は「本物のいい男は何もしなくても立ってるだけでいい男だ」ということです。本質的に筋トレだけしてりゃモテるという単純なものではないことはこういう矛盾を直視すればすぐわかります。

その理由は何でしょうか?

二つほどありますが、一つ目は人の成長は「運動と勉強の両輪」で達成されることです。運動だけしてもダメで、INPUTしながら強固なマインドセットを作ってくださいね。ということです。

ぼくは常々マインドを鍛えろ、世界を正しく見つめろ、ちゃんと人と向き合え、利己的ではダメだ、そういううるさい教師のようなことを老婆心から口酸っぱく言ってきましたが、なぜなら勉強不足の単なる筋肉バカはこの両輪の原則から大きく逸脱するからです。努力で得た筋肉を利己的に己のため「だけ」に用いようとする。つい前回の記事で「世のため人のため」を強調したばかりでした。ハードがよくてもソフトがダメ、デザインは洗練されて容量もたくさんあるのに、プラグラムが雑でアプリもしょうもない(つまり中身がない)、筋肉バカはそういう使えないパソコンと同じなのです。 であればモテるプロダクトは永久に達成されません。パッケージはきれいでも中身がスカスカな商品や人間を僕らは腐るほど見てきているはずです。

勉強すれば必ず、「なぜか?」「どうあるべきか?」という問いに辿り着きます。諸々の勉強の教材が触媒のようになって僕らの思考を刺激する「きっかけ」を作ってくれるからです。

なぜモテるべきか?モテるとはどういう状態か?男らしいとはどういうことか?

そういう問いに対して、まじめに向き合わない、頭を使わない、筋トレすればモテモテだぜウホ、というゴリラからは当然に「体はデカいくせに精神は自己中で女々しい」という女が一番嫌悪する臭いが漂うのもまあ自然の摂理という感じがしませんか。 

これがまず一つ目の理由です。

 

さて、大好きな禁欲の話はまだかよ、と思ったストイックなあなた。

お待たせしました。ぼくが心の底から話したかったのがこの二つ目の理由。非モテはポルノやマスターベーションにしっかり手を染めているという仮説です。仮説と言うかほぼほぼコレですが、筋トレしてマッチョなのになぜかダサいという不思議が発生しているとき、彼らもやっぱりポルノの奴隷であると仮説づけられます。

なぜなら、マスターベーションして精力を漏らすと、筋トレしててもその効果をすっかり打ち消してしまい、挽回できないのです。それほどエロによるこれらの負の作用は大きい。ある程度ジムに行き、プロテインなどの栄養素をきちんと取りつつ、早寝早起きの規則正しい生活をしても、確かに筋骨隆々にはなれますが、強固で安定した精神は達成されず、ゆえに自信がないし、女の前では自意識過剰さがにじみ出てしまう。これでは、本来武器になるはずの筋肉が反転して欠点になってしまっている。ポルノやマスターベーションでの甚大なマイナスは筋トレというハード面の鍛錬では取り戻せない、というのが僕の見解です。

ポルノを断って、マスターベーションをしない、というあなたの選択がなぜモテにつながるかというと、古代石器人の世界にはそもそもポルノなんてものはない、マスターベーションを誘発する要因がなかったからであって、ただ単にそういう「本来の姿」に戻りさえすれば、そうすれば体が自然と力を蓄えモテを発揮してくれるという仕組みです。本来無いモノなのだから男に必要でもなんでもありません、なのに無理くり持って来たら不具合が生じる、ただそれだけでしょう。

よく、ポルノは欲望の処理に一役買っている、適切に使えばOK、無くなったら男たちの欲望が爆発してしまって大変だ言説が語られますが、そんなおかしな話はないわけで、じゃあネットなどのテクノロジーがなかった時代はそんなメチャクチャだったのか?というと、んなわけないじゃないすか。そんなものなくても、ルネサンスなどほんの一例にすぎませんが、文明は発展し時代は流れてきたし、芸術や思想や工業などその精力を適切に使う場面などいくらでもあったわけで、そういう環境の中からいくつもの偉大な作品や理論や発明が生み出されてきたのです。

男の体は本来はポルノやマスターベーションを必要とはしていません。必要なのは本物の女性です、それにより「モテ」ははじめてその目的を果たすことができる。逆にポルノはその本来の正常な機能を邪魔してしまっているのです。それは子育てと一緒で親が不要な教育を詰め込むと子供がパンクするようなもので、「邪魔をしない」というシンプルなことで子どもは元気に育つのと同じです。

ぼくは高たんぱく低糖質の食事、日に当たって筋肉を使う、という石器人の生活が現代人が失ったものを取り戻す方法だ、という当たり前の言説が、なぜ性の部分では語られないのか?とても不思議なんですよ。

多くの進化生物学の専門家が語る「大昔からある人間の脳構造は、現代社会のテクノロジーに適用しきれていない。ある種の現代的なる習慣は、現代人に十分適用されない」はインターネットが可能にした現代のポルノにこそ当てはまると信じています。(ぼくは進化も完全ではないことを踏まえたうえであえて結論を出すと、)ポルノという不自然で僕らの生活にまったく不要なものを現代社会に持ってきたことが悲劇の始まりであり、男たちの脳を狂わせ草食男子を大量生産している要因である、ということをガチで信じているんですね。

今回の、マッチョなのになぜかダサい、女々しい、という矛盾にまさにウィルソン博士が答えを与えてくれているじゃないですか。それがすべてですよ。上で紹介した彼のスピーチは本当に僕らの確信を強めてくれる。

多くの人々が科学を当たり前に信じ、受け入れているのに、「苦しい」「しんどい」「強負荷」「ストイック」という場面になると、その科学から目を背け、いとも易きに流れます。いやいやデータを目を見開いて確認しろよ、と。

ぼくはどちらかというといつもテクニックよりも本質論を重視し、そのテクニックや理論はなぜ理にかなっているのか?本質まで抽象度を上げて理解しないと気が済まないタイプです。同時にどうも腑に落ちない、解せない、と感じた部分はよく考えて決着をつけたいと思うタイプです。

そういう風に紐を解いていくと、行き付くのが人間らしさで、生き物としての強さで、本来的なる在り方、という結論が出てどうしてもそのポジショニングになります。それこそモテるための細かなテクニックなどはいくらでもあるでしょう。筋トレもそうで、心理学を学んでもいいし、コミュニケーションを実地で積むのもいい。しかし、結局最終的には「強さ」であり、ストイックさであり、その男が精神的に強いのかが全てなんですね。

ぼくは多くの非モテがその願望とは真逆に多くの失敗を食らい、キモいと陰口を叩かれて、ダークサイドに落ちていき、這い上がれずにいい年したおじさんになっていく様子を目にして来ました。そして、現在進行形でそのレールを進んでいる若者を身近にたくさんいます。そのたびに「まず禁欲だよ。」と心の中で叫んでいますが、そして実際に言うことをありますが、彼らの大部分はまともに取り合わない。しかしこのブログを熱心に読んでくれる読者は禁欲の重要性にはすでに気付いているし、苦しみながら実践もしている。ぼくはそういう人々の力になりたいと強く思いこのブログを月に数記事アップ出来るよう頑張っているんですよ。その禁欲のキツささえ超えればかならず男として一皮むけて、そんなぼくらにこそ女神が微笑むんだとメッセージを送りたいのです。

楽してモテるなんて記事を書いたことなどこれまで一度もありません。書く記事全ては揃いも揃って読者からすればめんどくさく骨の折れる作業で苦しいことばかりです。なぜなら、それがボクの美学だからと言えますが、そればかりではなくただ単に「それだけが唯一の成功ルートだから」です。それ以外のショートカットの近道などこの世に存在していません。

モテることが人生の最終目標でないことなんてぼく自身百も承知です。しかしモテることが出来るのですか?というある意味容易な問いに自信をもって答えられないのであれば人生というデカいフィールドでの成功など夢のまた夢であることも正直に認めなければならないでしょう、そういう決意を胸に今年の後半をスタートしていきましょう。

 

やじろべえ。

 

PS.出来るだけ週一の更新を頑張っていますが、諸事情により出来ないときがあります。多々あります。しかーし、読者登録しといてもらえるとすぐにチェック出来ますんで、よろしくお願いしますネ。「いいね」も大好物です。

 

===============================

質問やコメントがあるとたいへんテンションが上がり、筆がサラサラすすみます、はい。

気軽にコメントしてください。

ご意見「いやいや、そのシチュエーションではこうでしょ」とか要望「ここんとこ、いまいちよくわかんないっすよ」とかあればコチラまで。

▶▶メアド;dekiruotoko2015@yahoo.co.jp

▶▶Twitter;https://twitter.com/dekiruotoko2015

フィードバック出来るものは、テーマとして扱えます。

引用や転載も大歓迎です。その際は出所はしっかり明記してもらえると大変喜びます。

=================================