モテるのは、マインドセットがすべて、それを証明しよう。

恋愛解明ゲーム、そしてぼくは人間になる。

目標も持ち、自信も持った。さあ、バカから脱け出そう。

 

おはようございます。今回は朝に記事を配信してみました。朝は脳が動くらしいっす。サクッと読んで電車の中でスポンジのように吸収しながら、今日は一日中会社でモテてしまいましょう。

 

さて、年始から目標を持て!自信を持て!と言ってきましたが、実はこれだけでは足りません。それはいろいろな事情が複雑に絡み合っているからなのですが、目標→自信→ つぎのステップとして大事なポイントがあります。それが今回のテーマ「バカから抜け出す」ことです。

目的地は明確にして地図も持った、ガソリンも満タン、しかし車そのものがポンコツであったらすべてが水泡に帰すのです。ポンコツな脳みそが目標と自信を持っても意味がありません。

注目すべき点としてぼくは「抜け出す」と言いました、つまり人はみなすでにバカである、というのが前提です。これを話すと長くなりますが、少なくともぼくらの環境が重々しく関係してると言っておきましょう。それは両親の影響であったり学校教育であったり日本社会の仕組みや風土であったりと、これまた事情が複雑ですのでそこは省略するとして、今日は「バカから抜け出す」の一側面に光を当てていきます。

 ではどうぞ!

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「バカから抜け出す方法」

女はバカな男が大嫌いです。まあ、キモイ男、女々しい男、ケチな男、横柄な態度の男、これらも嫌われますが、バカな男も負けず劣らず嫌われます。バカな男が目標を持ち、自信を持ったら、その先はもう目も当てられませんね。

女が嫌うバカとは、どんなバカでしょうか?

wikipediaにバカの定義が載っていました。

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愚かなこと[1]。

社会の常識に欠けていること[2][1](「専門馬鹿」「役者馬鹿」「親馬鹿」などと用いる)

知能が劣り愚かなこと[2]。

つまらないこと[2]。無益なこと[1]。役に立たないこと[1]。機能を果たさないこと[2]。

理解力・判断力・知識などが人と比べて劣っていること。

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コピペです。なかなかバカも範囲が広いですね。

 

今回我々が考えるべきバカとは、バカー非モテの関係性においては、一番下の「理解力判断力知識」の項目で、バカの改善にはそこに注目すべきです。その他の残念な状態はここから派生して「常識の欠如」「役に立たない」「愚か」「無益」などが帰結として表面化しているにすぎません。

女が嫌うバカとはどういう種類のバカかというと、社会的文脈から見て判断力が欠如してる男です。そういう男は人間関係構築が下手、女の扱いが下手、仕事が下手、の下手三昧であり、社会においてのそれぞれのフィールドでことごとく的を外していく、ダサい男です。「頼りにならねえな」「あいつに聞いてもしょうかがねえ」という種類の人間です。こういう男は職場や学校やサークルや親戚などどのコミュニティにも少なからず必ず存在しますね。女から見たらこういう男は完全なハズレくじなわけですよ。

以前「カネと女」の切り口でべき論を展開しましたが、再び古代狩猟時代の狩りを例に取るとバカな男は各種判断力が劣化しているので狩りに出かけて行ってもでイノシシを捕らえることができなくて家に食料を持って帰れないわけですよ。女が「頼りない男はダメ」と言うのはこの男は価値があるかどうか?を探って出した結果で至極真っ当な評価であり、本能的に女は避けます。現代社会でも「バカな男はイタイ男」。モテないのです。

人によってなぜ理解力や判断力に差が出るかというと、まずは単純に知識不足です。INPUTが足りていません。

量質転化はスポーツでもビジネスでも哲学でも、ヘーゲルが言っているようにとても重要な概念ですから知識の詰め込みはしんどかろうが辛かろうがモテるための主要なピースです。

bit.ly

 

では、前提となる知識の詰め込みをしたとして、その後、それらをどう活用すべきか?ここが今日のテーマです。

受験勉強の秀才にじゃあ社会で仕事してみろ、となると往々にして仕事ができないダメな男であることが発覚します。知識の詰め込みは必須ですが、それは仕事のできるかには直接関係ありません、問題は詰め込んだその先、「頭の使い方」なのです。

当然、頭の使い方なる壮大なテーマを一つの記事にまとめることなどできませんから、今日はひとつ方向性だけ示せればいいと思います。

 

判断ミス。それは経営判断のような大きなものから、スマホ何買う?どこに旅行行く?という日常的な小さなものまでさまざまですが、ダサさ・センスの無さが際立つのは日常の判断領域です。ビジネスにおける重要な案件などの大きな判断ミスは日常の些細なミスとは発生原理が違いますし、そもそも大きな判断でミスったら大事故でその瞬間THE・ENDですから分けて考える必要があります。日常判断のミスでは死なないまでも大恥をかいてしまって、これが非モテになるのですよ。やれやれこれではモテない、と誰かが陰口を叩いているかもしれませんね。それで日常の判断の精度を上げるという方向で考えていきましょう。

なんでもいいですが、デートプラン、飲み会のセッティング、企画アイデア、会議の進行、などなど、そこには常に判断決定が要求されます。仕事と恋愛でミスりたくない、あわよくばできるリーダーの評価を獲得したいと意気込んで空回り、そのすべてには判断ミスが絡んでいて判断ミスがさらなるミスを呼んでミススパイラルに陥ります。そういう「ダサいリーダーシップ」が発揮されてしまう時、その原因は大きく分けて二つあると思います。心理的障壁と知的障壁です。

知的障壁の場合はまずは詰め込みをやってくださいね、でだいたい終わります。ようするに世間知らずのバカは知りさえすれば解決されるのです。

しかしこれも心理的障壁と不可分なところがあって、心理的な障壁が取り除かれれば一皮剥けて、知的にもう一歩先へ進める要素がありますので、メンタルに光を当てましょう。やっぱりマインドセットがすべて♪(シツコイ〇)

「今度の飲み会、お前が幹事な」

そうゆう役が回ってきた、どうすればみんなが満足するかな~、前回の田中さんのセッティングは大ブーイング、あんなクレームが来たらどうするよ、、、と、「あっちをたてればこっちがたたず」のような状況の間で身動きが取れないということはよくありがちな場面です。心理的障壁です。

自分自身を振り返ってもらえればいいと思いますが、人は無意識に他人を評価したり、この人はどういう人か?を理解したいという思いがあります。それはあなたもそう、わたしもそう。これは良くも悪くも「他者に対する関心」であって、社会的な生き物である人間にナチュラルに備わっている特性です。同じように自分の一挙手一頭足が他者から評価されるわけですよ。ここを過剰に意識すると、行動に出るその瞬間に迷いが生じます。心理的障壁です。

では、今一度デートプランでこれを考えてみましょう。

ここで女を喜ばせたいという欲求がでてきますね、好印象を与えたい、このデートであいつを落とすぞ、と。これはこれで正常な欲求であり、動力として作用しますが、しかしながらここで最適解を探そうとすると無限に選択肢があることに気づくでしょう。

どこに行くか?

昼間行く? 夕方から夜で?

何を食べるか?高級に?大衆的に?

何を着るか?ガッチり決めるのか?カジュアルにか?

お酒は何を飲むか?

どのルートで行くよ?

順序はミスってないか?

乗り物は何で行くの?

アウトドア系か?インドア系か?

話題どうする?何しゃべれば喜ぶ?

 

わーーー

 

デート当日、さあ出発するとこの一つ一つの判断にいちいち相手のリアクションも絡んできますから、さらに変数がひとつ増えて最適解を導くのはもうこりゃ無理ゲーですよ。

目的が「彼女の心を射止める」ですから、相手にコミットするのは当然で頭の中は「あの子」のことだらけ、ひたすらシミュレーションしますが、そうやってがんばればがんばるほどバカな男になり下がっていくのです。(非モテコミットと呼ばれるようだ)なぜなら、

「顔色をうかがっているから」

抽象的に表現すると、「相手の基準が”そっくりそのまま”自分の判断基準になっているから」です。

いまさら言うまでもありませんが、女は顔色をうかがってくる男が大嫌い。

自分の中に明確な判断基準がない人間はビジネスでもスポーツでも恋愛でも、他者の判断基準を借りて決定をしなければなりません。でも、判断した結果を引き受けるのはほかでもない自分。上司が言ったからやったのに、責任は俺かよ。という構造です。受験勉強では秀才を発揮していますから頭にはいろいろ詰め込めるキャパはあるはずなのに、それを適切な社会的文脈で引き出すことができない。詰め込んだものをどう使えばいいかわからない、、「頭の使い方」です。

この「どれを引き出せばいいか?」は判断基準があってはじめて決まるパラメータなわけです。そしてこの判断を邪魔しているのが、自分に基準がない状態であり、それゆえに心理的障壁からくる不安です。「判断基準」というものがあって始めて脳みそは起動し始めるんですよ。

この顔色をうかがう、自分に基準がない、というマインドセットで世の中へ出ていくと、メンタルは本当に苦しい。どうすればいいかわからない、あっちをたてればこっちたたず、一生懸命考えて決めてやったが果たして正解か不安で不安でしょうがない、答えのない荒野をさまよい、周りからは「ちゃんとしろよ」と冷ややかな視線で詰められる。

一夜漬けしてデートプランを考えました。。

さあ出発~、勝負のデート。がしかし、、、どうも彼女は楽しい様子ではないぞ、なぜだなぜだ、、どうしよう。。こんなあわわわな心理状態で次の一手を打ったとしても客観的に見て確実におかしな一手になります。苦しいオーラでデートしても成功するはずがない。自分が楽しめないのに一緒の時間空間にいる人が楽しんでほしいというのが無理な話ですよ。「人を楽しませたいなら自分が楽しめ!」はどこにでもありそうな標語ですが、これは基本のキなのですよ。

彼女にコミットするのは男としてふつうの心情ですが、勝ちに行くのならもっと広い視野で全体を見なければいけません。そう、広い視野。

ボールだけ見てんじゃねーよ、相手の動作/チームメートの位置や走り/フィールド全体と仲間のポジショニング/監督の指示/時間/もしかしたら天候まで、ありとあらゆる部分を見ろ、と。そこからようやくプレーヤーとしての次の一手が判断されるわけですよ。

ボールばかり見て、ボールにだけ群がるちぴっこサッカーチームじゃないんだから。まったく。

こりゃ女からバカにされますよ。

 

「目の前のボールだけじゃなくフィールド全体を見る」という比喩はいわば個別具体的なターゲットそのものだけでなく、

女とはそもそも何か?

デートとは何なのか?

おれの目的はいったい何か?

というあらゆるフィールドにいわば造詣が深くなくてはなりません。

 

そしてそれぞれに対して理解が深まったら、はじめて戦略が決まってきます。なぜなら「判断基準」はそのようにして自分の中に作られるからです。そしてそうゆう視野の広さが判断精度を高めてくれます。

戦略が決まったら着地点が明確に見えてきてそこまでのルートも明確に描けるので、もうこの段階では彼女に100点満点の非モテコミットとか、そんな余裕のない男ではないでしょう。

視野が広い男はデキる、視野が広いと余裕がある、というのは間に「判断基準」とその精度が絡んでくるからなんですね。

 

さて、判断というのもなかなか幅の広いトピックですし、この全体を見るというスキルには空間認識とかインテリジェンスの側面、知的障壁を超える、そういう面が大きく関係していますから、そのテーマは次回に譲るとして引き続き心理面のアプローチからバカの解決を図りましょう。

成功により近づくためには全体をみれる「余裕」が必要である。

という結論が今出たところでした。

その心理的余裕を持つためには 「100点は要らねー、65点ぐらいでオッケー」の気持ちが必要なんだ、とも付け加えておきましょう。

これはメンタルコントロールであるとはいえ単なるフワッと系の「無理しなくていいんだ、結果はいづれ出る」ようなお話ではありません。背後には明確なロジックがあります。

なぜ100点は不要か、まあ65点ぐらいの及第点でいいのか?

それは、社会的文脈における真の合格とは、「全体的に及第点に収束する」からです。

人生の合格点、恋愛とかビジネスとか人間関係とかの人生の構成要素で総合的に合否が決まり、その人のステージが決まります。「国語は98点で数学は10点、、、」と例えることができるでしょう。これではダメです。または「中間テストで100点を取ろう取ろうと意気込み過ぎると期末テストで大コケする」とも言える、これじゃダメダメ。「がんばる」というと、一つの物ごとに100%出して勝負、という視野の狭さに陥りがちですが、現実には複数の事柄が合わさって大きな一つを構成しています。だから全体を見たときに「65点、ギリギリでも及第できればいいんじゃね」という余裕はかなり自分を助けます。

まあこのニュアンスが難しくて、んじゃ恋愛でも仕事でもがんばらないのですか?というとそうじゃなくてどの科目もどのテストもマジでがんばるわけですが、やはり気持ちの問題で、恋愛の場合、余裕がない非モテコミットでは一回目のデートで100%出してまぐれで乗り切っても次のデートはガス欠、とりあえず彼女からの満点をもらえるかわからないギャンブルにまたまたフルパワーでのぞんでみる ⇒ うまくいかない、コケる、というバカな男のダメダメな法則がだいたい普遍的に散見されます。

最大の原因は「余裕がないから。」

なんかトートロジーの様で何が原因で何が結果だよ、って感じですが、まず実力のないやつが精神論で必死こいても物事が進むわけはないのでとりあえず気持ちに余裕を持ちながらやるべきことをきっちりとやりましょうよ、ということなのです。狙うべきはすべてのデートで及第点を取り、トータルでの合格評価を獲ること、うん。

女が男を評価するときの感覚を思い出してもらえばわかるのですが、これまでずーっと高得点叩きだしていても、たった一回の超ダサい失敗で一発失格、非モテ・バカな男のレッテルを貼られます。上がった期待値は下がるだけ。それが彼女たちの簡易的な男の評価アルゴリズムなのです。

大失敗してはならない、取りこぼしできない、となると、

100点を目指してもいいけど「すべてを100点」の理想を狙うんですか?

それとも

「すべてを及第点の65点」を現実的に取りにいくのですか?

の二択なのです。トータルの合格点数ではなく、個々の合格点数の集合の視点です。100点目指してもいいけど、息切れしたら君終わりだよ、ということなのです。国語と歴史が98点でも他が15点とかだったら留年ですよ。全体を俯瞰しなければなりません。そーゆー現実が横たわっていることを受け入れなければならない。

できるはずないのに100点満点を狙うからメンタルが崩壊してしまうんですよ。合格点をクリアできればオッケー、次に行こう。と、次のテストをがんばればいいんですよ。ギリギリ合格できなくても追試でかんばればいい、ぐらいの余裕がないとデートも楽しめないでしょう。

デートを例にとりましたが、これは人間が複数の飲み会とか会議とか変数が多い複雑な関数でも同様です。なぜなら見るべきところはいつも同じで、そのコミュニティへの理解、飲み会や会議(目的や方向性)への理解、などマクロ的なところであって、ミクロに焦点が寄りすぎてはダメなのです。

複数の人の満足を求めるとき、一人一人が「まあ、よかったよ」ぐらいで御の字。

AさんだけじゃなくてBさんもCさんもDさんも喜べる最大多数の幸福を狙っていきましょう。それでいて65点で十分なのです。

全体を見て及第点をそれぞれに分配する全体最適の解を探しましょう。

 

最低限恥ずかしくないデシジョン。

女の男評価のアルゴリズムはこのようになかなかハードなものですが、これはまったく理にかなっています。なぜなら役割として男はそれだけ強くて安定してないといけないからです。この男、安定してるフリなのか?本物の安定した男なのか?そこを女は見抜く必要がある。

このように考えると、非モテコミットは非常に非現実的です。実際相手を喜ばせたいそれでいて気に入られたいと思っても、何が相手の真の喜びか、わかるはずもありません。どんなにプランを練ってサプライズを作ってもそれが的を射るかどうかは、とくに個人の好みに左右される部分だからです。

家でテレビでも見てまったりしたいのか、外でアクティブに動きたいのか?家で二人で料理したいのか、それともちょっと高めの外食がいいのか?レストランに座る席は端っこか、真ん中の方か?お互い一品づつ注文か、何品か頼んででシェアか?デートにおいてその細かい判断のシチュエーションが連続している。

この判断においてオール100点を取る必要はまったくもってありません。なぜなら、長い交際期間における初期段階のデートは確率のゲームでしかないからです。「知り合ったばかり」は上記したように無数の選択肢の最適解は女の気まぐれで決まるのに相手に関する情報が少なすぎます。だから、及第点狙いで大ハズレを避けながら、相手の好みを探っていき次につなげていく、という戦い方になります。

もっとも、細かいプランはどーでもよい、場所やシチュエーションより「誰といるか何をしゃべるか」が重要という女の場合は、上記の判断は悩んだだけ無駄だったということになるし、いやいやロマンチックなシチュエーションも大事よ、という女も一定数いるから、そもそもすべてが確率的なんですよ。

だから、ナルシストの大バカ野郎、ビビりの大バカ野郎にならないために、広い意味で女はどういうものを好むのか、社会的にイケてるレストランのランクや趣向はどういう方向性か、という一般的なインプットもぬかりなく必要で、そうゆう最大公約数的な情報を知っておくことが、最低限、その情報から導き出した全体最適を女の前できっちりこなしそれらの決断を社会的文脈にうまく当てはめるのに必要なのです。

余談ですが、センスのある男は膨大なINPUTから適切な選択肢を感覚的かそうでないかにかかわらず引き出せる男です。

確率で勝つには、このゲームは何なのか?を知り、その勝ち方のパターンが見える必要があります。それには繰り返しになりますが、

女とはそもそも何か?

デートとは何なのか?

おれの目的はいったい何か?

というあらゆるフィールドにいわば造詣が深くなくてはなりません。

「意中のあの子は、、、」ではなくて、「女とは」「デートとは」という一般的な解です。これが、最低限のデシジョンにつながります。全体最適とか、最大多数の幸福、とか言ってきたことです。

 

バカな行動や決定は、知的か心理的か、そして基準がない、余裕がない、そういう主要な原因がある。ここをま押さえておきましょう。人はみな大なり小なりバカですから、バカから抜け出すことで、モテる準備ができるのです。

すでに4月に突入しましたよ。

目標も持ち、自信も持ちました、さあ、バカから抜け出しましょう。

 

 

やじろべえ。

 

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マインドセットがすべてだが、マインドセットだけでもない深いい~理由【知性編】。

こんにちは、お久しぶりです。海外移住と風邪を引いたというまあまあな出来事が重なりしばらく寝込んでいて、べつに宣言はしてなかったんですが「週一でブログアップするぞ!」という決意があっという間に打ち砕かれてしまいました、気を取り直してブログ更新に注力していく次第であります。

さあ、水曜日がきました、ブログアップしましたので今日もお勉強していきましょう。

相撲界では、稀勢の里が二場所連続優勝、貴乃花以来の新横綱優勝を果たし、日本人横綱の活躍に相撲ファンは大いに沸きました。

ここからはマニアックな話になりますが、稀勢の里は十両幕内に上がる前から「すげえのが出てきたぞ」と言われていました、それは稀に見る勢いのある力士、という命名からもわかるとおりですが。しかし、今となってはかなり遅咲きです。ほぼ同時期に初土俵を踏み入幕した白鵬なんかからするとだいぶ遅い。この理由が「気持ち」にあるとぼくは思っています。実際稀勢の里の優勝は日本字として相撲ファンとしてうれしいけど、おおぜいの稀勢の里ファンにとってもかなり意外だったはずです。しかも二場所連続となると下馬評ではそんなに期待されていなかったでしょう。

親からもらった身体能力と、一流のセンスや努力があっても、「本番に強いのかどうか」で、成績に雲泥の差が生じます。心技体どれが欠けても二流で止まってしまいますが、「心」を磨くのが一番難しく、優秀であるアスリートがいい選手止まりなのをぼくらもたくさん見てきているはずです。

まだわかりませんが、横綱も「心」を克服したというところをこれから見せてほしいですね。

 

さてさて、「本番に強い」という性質はどこに行っても通用します、つまりどのフィールド、どの分野でも一流になるための必須科目なのです。これはブログで啓発しているマインドセットの部分です。科目と言っていますから、もちろん先天的に限界や伸びしろが定まっているわけではなく後天的な努力と学習と練習で改善したり習得できるものです。「人は変わらない」これは真実だと思いますが、それはマインドセット(物の考え方の枠組み)を変えるという壁が凡人には高すぎて越えられないからですね。「成功」と聞いた瞬間生まれ持った才能とか、成功してるやつは裏で悪いことしてる、と反射的に反応し、「モテる」と聞くと「どうせ俺は、、、」とルサンチマンが始まる。ここがシフトできればその後の変化は滑り台を滑るかのごとく明かになり、凡人は非凡人に変われる、つまり「モテる」のです。

マインドを変えていくためにはそういう風に日々無意識に無自覚的にセットされてしまっているマインドを根本的に改革しなければなりません。マインドセットとは、「目標決定+手段決定+行動・実践」によりマインドがセットされ出す、と言われたことがあります。本当そう。意識的に念じるだけではまったく効果はなく、行動が伴ってはじめてじょじょに変われるのです。「セットされ出す」というのもみそで、一朝一夕に今日寝て明日起きたらスーパーマンてこともないし、念じれば叶う、根性論で叶うこともなく、一定の時間を要します。

じゃあどうやってマインドセットを変えるんですか?という質問をこの定義に沿って解釈するならば、「どのように現時点の自分に最適な目標を決めるのですか?そのあと、どのように効率的でかつ効果的な手段が決まるのですか?」という質問に言い換えることができます。目標決定については年始の記事で論じましたが、ざっくりいうと、目標決定の前段階にすべきことがあり、それは「良質のインプットを大量に」としか言いようがありません。バカであってはマインドは変わらないどころか、目標・手段すら決まらないのです。これが、気持ち気持ちと思われがちなマインドセットの本当の姿で【知性編】と名している所以です。

「マインドセットがすべて」というのはイメージで語ると、いわば時の部屋で修業した悟空が無敵である様子です、どんな敵が来ても微動だにしないあの表情がすべてを物語っていますね。自信に満ち溢れているあの姿、それをみると悟空ファンは「やべえ、強えー」と感じます。「自信」は持っている技術をいかんなく発揮させ、身体機能そのものを何倍にも向上させ、それらすべてに対して雪だるま式にプラスの作用をします。もはや自信はべき乗の効果があり、自信がなければすべてが0になって、水の泡に帰すのです。マインドセットがすべてですよ、マジで。

「自信のある男」は女が大好きな像ですが、自信を持つこと、これさえできればモテるのがわかっているのに多くの非モテにはその壁が越えられません。当然です。これは歴史的にも明白だと個人的には確信していますが、「真に自信がモテれば成功者になれる」からです。前々から言及しているようにモテるだけではなく、事業でも成功するでしょうし、人間関係でも煩わしいことに巻き込まれることなく堂々と自分らしくいられる、人生が成功するのです。あらゆる分野で”同時”に成功の階段を上っていけるのです。そんなデカい要素である自信が簡単に手に入るわけもないということをまず肝に銘じなければなりません。そして時間もかかるし、苦労も甘んじて引き受けなければいけない。

 

マインドセットは、よく勘違いされるのが精神性とか、思考法、という理解です。このように考えてるかぎりいつまでたってもマインドはセットされず、自信を持つことはできません。思考とメンタルがつながっていることは確かですが、思考はどこからやってくるかといったら、少し専門的になるのですが、「世界の認識プロセス」であって刺激、知覚、感性、反応、の流れで決まります。このそれぞれの段階で個人差が介入してくるわけですが、そういうフィルターを通して人は悲しんだり腹をたてたりするわけです。

そういうプロセスを通るとき、同じものを見ても人それぞれ異なる反応が生じます。これがいわゆる世界の見方、マインドセット=考え方の枠組み(=パラダイム)の意味なのです。なんだか、考え方とか見方とかいうと、「知性」のにおいがしませんか?決して気持ちとか生ぬるい精神論ではないのです。

コップに半分水が入っているとき、それを「半分しかない、、」と見えるか、「半分もある♪」と見えるか、という例がよく語られますが、同じ道理で、美女を見たとき、「俺なんか相手にされない、、」とネガティブになるか、「この高嶺の花を落としてやる!」と意気込むかはまったくマインドセットによるのです。どちらのメンタリティの方か将来性があるか、客観的に見てモテるかというのは明らかですね。これを人は「自信がある」と表現するのです。

全てのカギは「マインドセットがすべて」なので、そういう勝気なガツガツした「心」を養ってほしいと思いますが、それだけではなく知性もフルで活用しなければなりません。物を見る枠組みが明確であるほど、怖れの気持ちが無くなります。「読める」「予測が立つ」これができれば世の中のほとんどのゲームは簡単に勝てます。勝つとわかっているのだから何も恐れる必要がありません。たまにハズレても勝ち続けて養った知性や自信は簡単には折れません。 

心が落ち着いていられるのは、マインドがセットされているがゆえ「今・ココ」から見える未来への信頼があるからなのです。

 

KY理論、女にビビらないためにはデータのINPUTがまず必要 - モテるのは、マインドセットがすべて、それを証明しよう。

築地市場移設問題の本質とガチでモテないバカな男にならないための方法 - モテるのは、マインドセットがすべて、それを証明しよう。

世界という恋愛教材ー実のあるインプットとは。 - モテるのは、マインドセットがすべて、それを証明しよう。

自信を持つにはどうしたらいいのですか??ー「自信」、第三の道を論じよう - モテるのは、マインドセットがすべて、それを証明しよう。

 

これまでも、まずはINPUTだよ 、バカから抜け出すのが先だよ、物事の見方を鍛えなきゃ、と老婆心から口酸っぱく言ってきました。この機会に復習してもらえれば幸いです。これからもっともっとモテますよ笑。

 

やじろべえ◎

 

 

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サークルオブセーフティ。リーダー論と恋愛論の共通項を恋愛プロセスに適用してみる。

 

モテる男とはどういう男なのか?を考えるとき、逆にモテない男を考えてからこのイタイ男の特徴を抽出したほうが話が早い場合が多々あります。Twitterでもつぶやいてますが、モテる男を一般化するのはとても難しく色とりどりのモテの形があるのですが、モテない男というのは比較的容易く抽出できてしまいます。

 

第一印象で不合格になる男はキモイとかダサいとか極端な例ですが、第一印象を突破しても次の難関は「こいつは頼れるのか?」という評価軸なのでここを突破しなければ意味がありません。清潔感があってもここぞという時に勇気がない/決断できないとか、ルックスは良くてもケチで女々しかったというのでは徐々に減点され、「あ、こいつないわ(ノ∀`)アチャー」とポイ捨てされちゃう。このシチュエーション、男のメンタルにはなかなか大きな打撃です。

「頼りがい」

今回はこれをキーワードにモテる男を考えてみましょう。

 

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テーマで言っているように、ここ最近ではリーダーシップに関することを書籍でもネット上のSNSでもだれでもが発信するようになりいましたが、リーダーシップのアルファなマインドセットや振る舞いは恋愛ではとくに重要です。リーダーシップのBEがINSIDEOUTされてはじめて女は「頼れる♡」を認識します。

 

とはいえ、女が上から目線で語りたがる「頼れるっわね」の条件とやらは二つに大別ことができます。「一緒にいてキュンキュンする、トキメク」タイプと、「一緒にいて落ち着く、楽、安心する」タイプです。この2タイプも突き詰めれば女性の心に何らかの『安心』を与えるからこそ、惹きつけることができているといえるでしょう。

①ギラギラしてるのかはわかりませんが、まあ魅力が溢れていて引っ張ってくれて、追いかけたくなるような存在

②とにかく優しくて一緒にいて気を使わない自然でいられるような存在

前者は存在感がバリバリある、後者はいい意味で存在感がない(だって気を使わないんだから)。いわば両端の男のタイプです。

 

さて、男くさくてガンガン行くタイプは、積極的に狩るタイプでしょうから、何か障害に面しても目的のためにはものともせず突き進むタイプ。どうやら頼りがいがありそうですね。男の役割から見てもエネルギーにあふれるそういうタイプは、何か起こった時にもすぐにリカバリしてくれそうで安心して任せてられます。はい、安心です。

一方でこういうタイプは時にオラオラすぎて着いて行けな~いというワンマンな側面を持っていることもセットで覚えておかなければなりません。

 

次にいっしょにいて楽、自然体でいさせてくれるそういう優しい男は、一緒にいてホッと安心できるでしょうが、どこか頼りない側面があるのでそれが必ず、徐々に表面化してきます。男性的な魅力という点でつまりオスとしてどうなの?という瞬間が見えたときとき女は本能的に物足りなさを感じてしまうのかもしれません。

ではぼくらは、生まれた瞬間にすでにどちらかに属していて、そのレールの上でどちらかの男のタイプを演じて生きていくしかないのでしょうか?そうだとすればそれらの要素をトレードオフする、つまりオラオラ系は一緒にいて安心は提供できないし、優男はオスとしての頼りがいは持てないのでしょうか?

ここにきて「さて、自分はどちらか?」など分類してしまう女子プロパガンダの罠にはまる男がいますが、われわれがやるべきことは、「頼りがいとは何か?」を正確に解釈することですから、この記事でそれを見ていきましょう。 そして、これからモテたいと意気込む男が絶対にやってはいけないことは、女にモテる男の条件を尋ねることです。オラオラ系が好き?ホッと系が好き?などと。なぜなら女は「いい男」を言語化できないからです。彼女たちは理屈で恋愛していません、フィーリングというアレです。キュンキュン派?ホッと派?論争もそのひとつです。

ある程度そういう女性の意見を踏まえながらも、主に彼女たちの行動や決定から逆算して解を導き、様々な知見や理論に落とし込んでいきましょう。

 

 「女子がよく言う「キュンキュンする」と「ホッとする」は両立しえる」

 

ここで、サイモンシネック先生の登場です。

先生の理論サークルオフセーフティから謎を解いていきましょう。

あるコミュニティがあり、そのコミュニティ全体が成功するかどうかはそこに属しているメンバーが「安心感を感じられるかどうか」がカギであり、そのような安心安全を感じられる環境を作ることこそリーダーの仕事である。メンバーはそういうコミュニティの中にいればやりがいや充実を感じながらリーダーを信頼して責任をもって働いてくれる。そういうコミュニティの形をサークルオブセーフティと定義しました。

そして何を成功とするかですが、例えば不動産の営業所内で数字を達成するために苦行に苦行を重ねながら営業し我慢してボロボロになってやっとのこそノルマを達成した、「今まで苦しかったけどこれこそが成功です!営業部万歳!」、、と何もしていない遊んでいる営業部長が宣言したらそのコミュニティは成功しているとはいえません。たとえ目標のノルマは達成してても成功しているコミュニティの形ではない。これはサイモンが示しているリーダーのあり方コミュニティのあり方とはまったくかけ離れたものです。なぜならそのコミュニティはsafetyを感じられる環境にはなく彼が定義づけしたリーダーシップも発揮されていないからです。最終的に報われれば、終わり良ければすべて良しなんだ、ではなく、コミュニティメンバー各自が進んでいるそのプロセスも有意義で楽しいというのが、本来のコミュニティのあり方であると。そしてそのコミュニティに絶対不可欠なのが偉大なリーダーである。これがサークルオブセーフティのリーダーシップです。

リーダーを語るときいつの時代もいろいろなリーダー思想が登場してきました。帝王学やマキャベリの君主論や孫子の兵法から、サーバントリーダーシップ まで、時代の流れとともにリーダーシップの姿も変遷し、より現代に適応する形が登場してきたといえるでしょう。

彼がこの現代社会に一番適応している、さらに人間のあり方としても科学的に一致しているのは”circle of safety”を体現できるリーダーの下で構成されたコミュニティであることを取材や知見や分析で明快に示してくれました。そして例にとったのがアメリカ海兵隊です。著書の冒頭であるリーダーが過酷で命の危険の伴うその作戦をどのように遂行するのか、リーダーシップのあるべき姿はどのようなものかを描き出しています。成功を目指して一緒に働いてきた仲間とこころよく栄誉を分かち合ったり、助け合う、そうすると絆が強まり達成感や充足感を覚え、さらに強い信頼関係の基盤を築くことができる。そういうコミュニティの本質とは何か?も論じています。軍隊を例にとったのはそういう極端なシチュエーションこそ教訓を引き出せそうだからということです。軍隊という命を捧げる場面においてリーダーはいかに部下を鼓舞し能動的に任務を遂行させその責任に充実を持たせるか?リーダーの振る舞いがどのように機能するか?

その答えがサークルオブセーフティであり、下記のように定式化できます。

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海兵隊では最下位の者から食事が配られ、上官は最後に配膳されます。特権を与えられているからこそ部下全員に食事がいきわたっていることを確認してからでなければ、上官(リーダー)は食事をしない、そういう伝統的なルールがあります。上官がおいしい料理を全部独り占めして部下には犬の餌のような食事だけしか残らないとしたら不満たらたらで安心することなどできません。当然自分の責任を果たそうなどという意欲は低下し、仕事にも支障が出る、崩壊する組織の構造ですね。

これが著書の「リーダーは最後に食べなさい!」の意味で、優れたリーダー、強い組織の秘密なのです。

決してトップダウンのヒエラルキー型の組織、メンバーをいち早く犠牲として差し出しリーダーは逃げ延びるという組織が成功するわけではない (大多数の組織はほとんどコレ)、このサークルの中に安心の砦を築くそういう組織が今必要とされているのだと。

例に漏れずこのフォーミュレーションも非常にシンプルで秀逸で感動を覚えるわけですが、その中にあるエッセンスは、組織がありさえすればその中で機能します、ほとんどすべてのコミュニティで役に立つ、しかしことに恋愛においては覿面に効果を発揮します。なぜなら女が求めているのは古来からそういう「安心」できる環境であり、ぼくらはモテに命を懸けるソルジャーだからです笑。

ブログを見てくださる読者様には言うまでもなく明確なことでしょうが、モテるということは「リーダーになる」ことが土台に位置づけられています。リーダーになるかどうかはまったく個人の自由ですが、それがモテに強く直結していることを自覚し、モテたいのならそれを受け入れなければなりません。

さて、なぜ僕らつまりあらゆる組織にはリーダーが必要か?という問いには、古来の狩猟をしてきた人類の社会性で説明できるでしょう。リーダーのもとで結束して集団生活することによって手にする食料を最大化することができるわけで、脳科学が明らかにした脳の構造もその説明を支持しています。集団生活においては家族が最も小さなコミュニティですからまずもって男女間で男がリーダーシップを発揮していないとそのコミュニティつまり恋愛関係は存続が厳しくなるでしょう。男はリーダーシップにより、頼りがいや安心やトキメキや労働の果実(古代ではイノシシ肉・現代では経済面が大)をもたらし、それと引き換えに女から尊敬や信頼や愛を勝ち得るのです。

 

このように、古代の人類の営み、人間の脳の構造、現代社会とリーダーシップのあり方と統合すると,

<アルファ>であることはもちろん必須で、その先の「自分が最後に食べる」というある種のリーダー的なる自己犠牲が融合されてはじめて優秀なリーダーになれる、そしてトキメキとホッとの両方を提供できるモテ男になれる

という結論が導き出されます。

アルファであり、自己犠牲的でもある、そういうリーダーです。

安心感を作るつまり安全な環境を作るには、まずアルファとして困難に対処する力が男には絶対的に必要ですが、女が「一緒にいて安心を感じる」ためには、それだけではぜんぜん足りないのですよ。ここでユーモアとか気遣いとかレディーファーストのジェントルな側面が要求されます。ここが結果主義的なリーダーでは満足できない安心のもう一つの側面で、力強さよりも特質が重要で自己犠牲とか共感とか優しさが必要なのが現代的とも言えます。

多くのリーダーシップや世間で流布される頼れる彼氏像はこの中庸を採ることができません、常にヒエラルキーの頂点から高圧的にメンバーを動かし結果を出そうとしており、俺についてこい(そんな俺イケてる)的なバカの一つ覚えです。サークルの外に対しては強い男の庇護の下でマクロ的安心があるのですが、女が付いていけないワンマン恋愛はサークルの中でのその表現の仕方に大きな問題があります。ミクロな我々の日常生活においては狩猟社会で見られた危機なんてものはそもそもありませんから、ここでは彼氏がグイグイ引っ張るぞという思想が強すぎるとうまくいきません。そんな男と一緒にいると疲れちゃいますね。

強さは本質的で必要ですが普段は縁の下の力持ちでいいわけで、別に俺が俺がと目立たなくていいんですよ。

アルファは普通に、自然に、その人のデフォルトの状態ですから別に特段意識する必要もなく、気懸けるべきは女が(コミュニティにおいてはそのメンバー)気持ちよく心地よく、その時間空間を共有できるか?です。その点で、女と時間を過ごすときは男は「環境になれ」「空気になれ」といえるでしょう。主役は女なのですよ。彼女たちが楽しんでくれればそれでいい。前には出ない出ない。ここでユーモアのセンスや細かいところに気づけるジェントルの出番です。

そういうサークルオブセーフティを作ろうとするとき「女が先、男があと」のプライオリティでなくてはならず、これは「リーダーは最後に食べなさい!」という概念通りでかなりの部分で彼氏が自分の利益を放棄する必要が多々生じることを意味しています。自己犠牲は本物の強さを持った男にしかできませんから、男は強くないといけませんね。

”タフでなければ生きていけない、優しくなければ生きてる資格がない” 

ーフィリップ・マーロウ

 

サイモンシネックの主張は「リーダーは自己犠牲によりコミュニティのメンバーに安心や自信を与えチーム全体が成功へ向かう、リーダーは自己犠牲と引き換えに誠実や尊敬を得る」ですから、モテ男はそういうリーダーであることで女から選ばれ深く深く愛されることで報われるわけですよ。これは本当にリターンが大きい。

 

トキメキと安心感は両立する。

 

さて結論です。

面白いとか、気が利くとか、たまにするやさしさ、レディファースト的扱いは男が持つ豊富な特質の各断面といえるでしょう。ダイヤモンドも断面が多いほうが輝きが圧倒的なのですから、単なる強いリーダーシップ一辺倒を信仰するのではなくどれだけ見せられる断面を持っているのか?がモテと非モテの分岐点で、グイグイ引っ張る”だけ”とか、優しい”だけ”とかはぜんぜん意味がないんですよ。マーロウ先生も言ってます。これは以前お話ししたギャップ論となんら矛盾しません。

 

ギャップと、引き出しの量と、思索の深さと。 - モテるのは、マインドセットがすべて、それを証明しよう。

 

ダメンズにぶんぶん振り回されてぐいぐい系の男に懲りたという女子は、次回の彼氏はまあそういうのんびり誠実系の優男に流れる傾向にありますが、個人の好みが多少左右するとはいえ、その選択に僕は否定的です。その選択は決して女を幸せにはしません。何べんも言っているとおり、女の男選別アルゴリズムでは「いい男」にたどり着けません。

なぜなら、定量的にみると本当にリーダーシップがあり頼れる、且つ気が利き優しいなんて男はほんの一握りで、彼女たちの日常の生活圏内ではなかなか出会えないから「キュンとしたい」「ホッとしたい」のどちらか、その二元論をふらふら彷徨ってしまう。そして世の中には「オラオラ系はしんどいわ」と「優しいだけの男は退屈よ」を行ったり来たりする不幸な女子たちがあふれるわけですよ。

違うエリアにはいわゆるスーパースター的男がいるはずなんですがね。

既述したようにリーダーシップと優しさとか細やかさは安心コインの表と裏です。リーダーシップ”だけ”とか、優しい”だけ”とかは不完全な状態で本来的ではありません。言っちゃえばそんな男、バリューの水準が低いんですよ。人はトキメキも欲しいし安心も欲しい贅沢な生き物です、特に女は男にその両方を求めたとしてもそれはまったく正常です。だから、”だけ”の片手落ちな男など、女はすぐ飽きて彼女たちから捨てられるし、それは精進しなかった男にも否があるわけですよ。

話がとっ散らかりましたが、この両方を獲得するまでファンダメンタルバリューの向上に引き続き邁進すべきだということを今回言いたかったわけですね。

 

 

う~ん、長くなりそうだ。

メルマガ講義の方に回した方がいいかもしれない。。

みなさん、goodnight☆。

 

 やじろべえ◎

 

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ぼくらは何のために、モテるのか?

 

「何のために、モテるのですか?」

 

そういうことを発言してしまう残念な人がいる。そういう人間に限ってダサい、というのはお決まりのパターンだ。

これはモテない自分は悔しい→自分は負け組なのか?→なわけない、そもそもモテる必要あるのか?→モテなくても、楽しい趣味があるし、仕事もあるじゃん。→「何のために、モテるのですか?」

というルートをたどって、息を吐くように矛盾した論理が口から出てくる。

モテない自分の認知不協和を建て直そうとしてモテ不要の理屈を勝手に編み出しまったのだ。これは「タバコは体に悪い」と「タバコを止められない」のはざまで悩み、「でもタバコを吸ってても長生きする人もいるよな」という主張が出てくるのと同じだ。恐ろしいな、人間は。

「何のために、モテるのですか?」という問いに彼は逃げ込んでいる。精神的弱さがにじみ出ているので、こういう類いの質問をする人間からはダサさひ弱さしか感じられない。

結局言い訳なのだ。

なぜこれが矛盾しているのか?というと、これは「お金は大切ですか?」という質問と同じだからだ。

資本主義システムのなかで生きていれば、お金は必要ということは言うまでもなく理解できることだ。お金を持っているから偉いとかスゴいとかそういう話ではない。「お金は必要です」というだけの現実の話である、あなたは資本主義の「中で」生きているのだから。それが大切かどうかはもはや哲学的な話だが、まったく意味がない。哲学するほどの頭がないのだから。

お金を持っている人はわざわざそんなこと問わない、お金が大切であり、そしてお金の限界も知った上で次のステージに行っているのだから。

さあ、今日の話を通じて、言い訳ではない本当のモテるべき理由を自覚して、さっさとモテてほしい、と願う。

 

さて、男を成長させるのは仕事と恋愛である、と言えよう。ある人は「カネと女」と表現した。この言い方は少し語弊があるが、「金と女」が男を「成長させ」、それにより人生を満足させる、と考えるなら、それもまた真である。

その理由をここでは簡単に、生存と繁栄と述べておこう。生物学的観点だ。

古来から、男の仕事は狩りでありそれは食物を得るためだった。そして、子孫繁栄のために性欲があり、妻を娶り家族を構成した。狩りで鹿の肉を獲得して帰るのも、妻を持ち家族を構成するのも自分や家族の生存、子孫の繁栄の視点で見るとごくごく自然なことだ。歴史的にもずっと仕事と恋愛で、男の価値が計られてきたのだ。仕事の様式が変わり恋愛や結婚の観念が時代と共に変わっても男が自己肯定できる要素に変わりはない。

モテてどうするんですか?というやつの思考は必ず、モテて優越感がありますとか、性欲を満たせますねという短絡的なものである。その先がない。

はっきり言って、モテるのは、常に女を侍らせるためでも、性欲を満たすためだけ、でもない。

では何のためだ?

男のプライドを守るため、だ。

「あなたらしく生きなさい」などと、自己啓発書は説いているが、これはある側面では正しい。先ほど言及したように、人は自己肯定できないと、人生が向上しないからだ。

自己肯定できない人はいつも不満タラタラで満たされず消極的で行動力がない。こういう人種は「プライド」について深くまじめに考えることもないだろう。言い訳が口から出てくる。

 

どうすればプライドを作ることができるのだろうか?

先ほど生物学的側面に触れたが、話を簡単にして記述すると「カネと女」の条件を満たせば、プライドが確立されてくる、と言える。(※かなり単純化した、この限りではない)

そしてプライドが持てれば人生が向上し、さらに「カネが手に入り女からモテる」という好循環がうまれる。人生を変えたいと考えるなら、単純に言ってこの循環の図式の中にいかにして入るかを考えればよいのだ。

考えてみると、言い訳をするやつは成功しないとか、仕事のできるやつはモテるとか、全部この「カネと女」ープライド理論で説明できる。金だけあるやつも時流に乗った突発的な事故的な稼ぎ方ができるし、親が金持ちで自分も金に困らないパターンがある。さらに恋愛テクニックに特化しまくってそこを磨くことで女を侍らせることができた男たちも世にはゴロゴロいる。しかし、「カネと女」両方という条件になると一気に厳しくなる。それら両方を安定的に満足できる男は少ない、そしてそういう男は例外なくプライドがあって、堂々としている。(いい方のプライドです。)

仕事ができて、恋愛巧者、これにはプライドが不可欠だ。

 

これは逆を考えても非常にわかりやすい。

ぼくらはどういうとき最もプライドが傷つくだろうか?

仕事でへまばかりして怒鳴られてばかりだとどうしてもマインドがβになるだろう。さらにもっとヤバいのは女関係で、 好きなあの子に告白できない、そんなみじめでダサい自分、非モテの烙印を押され無碍にされた自分、そんなときはもう死にたいぐらいだ。

「何のためにモテるのですか?」と言うやつに問いたい。こんな状態であなたのプライドは保てるのですか?自己を肯定できるのですか?生きてる実感を感じられますか?と。

仕事ができない男、ダメだこりゃ。そして仕事ができるようになって収入が上がってきても何も変わらず非モテのまま、あちゃー。そんな男はとても多い。こんな状態でどうやってプライドを持てるのか?素直になってさっさとモテなければならない。

 

例えば、自分に落ち込むことは、モテることである程度克服できる。

自信がついた自分さえあれば、告白する前にヒヨって立ち止まることなく、サクッと次のステップに進むことができるからだ。たとえ行動した結果(告白したあと)それが叶わなくとも「できることをやった」という男のプライドの定義に外れない生き方ができているという満足感で自己肯定できるのだ。

告白してうまくいかなかったとしなくても、それは自分がダサいから嫌われてフラれたのか、単に好みやフィーリングや人生観が違うからフラれたのか、フラれたその時点ではわからないはずなのだ。だから、次行こ。と、何もブレるものがない。プライドがあればそれが可能だ。正確に物事を認知し判断できる。

男らしいこういう振る舞いはモテるからできるのであって、男らしいからさらにモテるというスパイラルに自分を組み込むことができる。

プライドとは、マインドセットを維持して、しんどい状況の下でもそのしんどさに呑み込まれず安定性を保ち続け、仕事でも恋愛でも結果を出し続けるための万能薬のようなものだ。

「モテないんですよ(´;ω;`)ウッ…」というのは本来はしょうもない悩みだ。さっさとモテて、より意義の深い高みへとのぼってほしい。

 

告白できない弱さや、フラれたときのみじめさは、痛烈に身を切るような辛さであることは確かだ。それは誰もが経験したことのある痛みだろう。だが、プライドだけは捨てない、そういう努力をすることで、つまり自分のプライドを確立する方向へ向かいながら仕事でも恋愛でも数をこなせば、辛さの中にある教訓を少しづつ吸収することができ、男らしさに磨きがかかってくるのだ。

逆説的だが、「女を失っても自分のプライドは失わない」という強い気持ちがある男は、なぜかとてもモテる。これがモテスパイラルだ。

そこからしか「男として」そういう生き方ができるようにならない。

モテる目的は、常に男でいるためなのだ。

 

やじろべえ☆

 

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